ラベル 保全 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 保全 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2010年7月15日木曜日

保全の現場に共通するコンセプトはあるのか?

かなり長いあいだブログを書くのをサボっていました.もはや見に来ている人がいるか分かりませんが,今日はちょっと気が向いたので久しぶりにブログを更新しようと思います.最近は,博士論文を書くために保全生物学・遺伝学に関する総説論文や教科書を読みながら,自分の研究の意義についてどちらかと言えば批判的な見地から考えるということをしています.これからしばらく,読んだ論文の中から多くのみなさんに関心を持ってもらえそうなものを選んで,ここで紹介したいと思います.

第一弾として,ちょっと前に生物多様性に配慮した林業の研究などで有名なDavid LindenmayerさんがConservation Biology誌に,保全生物学に関する面白い記事を書いていたので,ここで紹介したいと思います.Lindenmayer and Hunter (2010) Some guiding concept for conservation biology. Conservation Biology, in press. doi: 10.1111/j.1523-1739.2010.01544.x.

1980年前後に,Michael Soulé,Bruce Wilcoxによって提唱されてから現在にいたるまでのわずかな数十年で,保全生物学はひとつの大きな学問領域を成すまでに成長しました.ところが,保全生物学の研究者や保全の現場に携わっている人の多くが認識している通り,保全生物学というのはその場限りの事例研究であることが多く,保全の現場に共通する知見があまり整理されてきませんでした.保全生物学は問題解決の学問なので個別の研究レベルではそれで構わないと思います.しかし,問題解決の大元になる考え方・手法などがバラバラだと,個別の取り組みが保全にとって有効であるかどうか判断ができなくなります.また,政策立案者も実際の意思決定をするときに何を基準にしていいのか分からなくなってしまいます.

この論文の筆者らは,保全の現場に共通するコンセプトとして以下の10点をあげています.また,Society of Conservation Biologyのウェブサイトではこれに関するコメント・ディスカッションを受け付けているようですので,興味のある方はぜひチェックしてもらえればと思います.

  • 1. 保全・マネジメントを成功させるためには,明確なゴールと目的が設定されていなければいけない.保全の目標は,ただ「その場所の生物多様性を保全する」というのではなく,具体的かつ測定可能でなければいけない.また,「ハビタット」「生態系」「野生動物」「閾値」「頑健性」などの用語は,たとえば「トラのハビタット」などのように具体的に定義しなければいけない.
  • 2. 生態系管理の目的は,生物多様性そのものの維持・回復であって,種数を最大化することではない.「種数」は生物多様性のマネジメントでよく使われる指標ではあるが,ある程度健全な生態系のマネジメントではこれを最大化することは適切ではない.すべての種の価値はイコールではなく,それぞれに異なった由来(在来or外来)・生態的な役割・脆弱性・経済的な価値などがあるからだ.
  • 3. 問題解決には,全体的なアプローチが必要である.生物多様性は遺伝子・種・生態系の異なるスケールで構成されているため,その管理もさまざまな時間的・空間的なスケールで行わなければいけない.特定の種と生態系全体のマネジメントは相補的に行われるべきである.また,社会経済的な要素も考慮すべきである.
  • 4. 多様なアプローチを導入することで,多様な環境を創り,失敗のリスクを軽減できる.生物多様性・生態系はとても複雑で不確実性が大きいので,自然のばらつきに収まる範囲で多様なマネジメントを行うことが現実的な解決策と言える.
  • 5. 自然のやり方を模倣することは有用であるが,万能ではない.自然撹乱を模倣することは有用であると考えられているが,きわめて複雑な撹乱レジームや大規模な撹乱を模倣することはできない.
  • 6. 状態ではなく原因に着目しよう,効果と効率を高めよう.その場しのぎの対処療法ではなく,生態系が劣化した原因を改善しなければ保全は失敗する.
  • 7. どんな種・生態系もユニークである,ある程度は.それぞれに合わせた評価・保全がなされるべきではあるけれども,特定の標徴種を抽出したり,異なる事例に共通する法則を見つけることは重要である.
  • 8. 生態系の閾値は重要であるが,すべて同じではない.生態系にはあるポイントを通りすぎると急激に状態が変化して,なかなか元に戻らなくなる「閾値」がある.ただし「閾値」に達する前にそれを予測するのは難しく,またそれらはすべての生態系に共通ではない.
  • 9. 種・生態系に致命的な影響をおよぼすのは,複数の要因の組みあせである.そして,特定の分野に偏った対策もまた種・生態系に負の影響をあたえることがありうる.
  • 10. 人間の価値観は多様で動的である.そして,それが保全への取り組みを決める.保全の取り組みが成功するか否かは,問題設定のやり方に依存する.そして,それらを決める人間の価値観は変わりやすいが,もっともコントロールしやすい.

個別の研究レベルでこれらのすべての原則をフォローすることは不可能でしょう.しかし,1.のようにもっとも基本的な要素でありながら,意外と多くの研究で論じられていない原則もあります.まずは,自分の研究の具体的なゴールは何なのか,もう少し考えてみたいと思います.

2010年3月1日月曜日

樹木の保全遺伝学を考え直す

3月になりました.今週末からしばらく出張なので,その準備に追われています.しかし,昨晩は4月にある大きなイベントの準備をしていました.

4月2日から5日にかけて筑波大学で行われる第121回日本森林学会大会で「Conservation genetics of forest trees in the era of rapid environmental changes: from descriptions to applications」というシンポジウムを,岐阜県立森林文化アカデミーの玉木一郎さんと一緒に企画することになっています.

保全遺伝学とは,「遺伝的要因による絶滅リスクを最小にする」ことを目的とする保全生物学の一分野です.また,林業などの生物資源に関わる産業の立場から付け加えるとすれば,遺伝学の技術・知見を応用して「環境変化に対して生物資源の持続的な利用を可能にする」ことを目的とする資源管理学の一分野ともいえるでしょう.

ただし,私をふくめてこれまでに樹木の保全遺伝学にかかわってきた人がどれだけ保全の現場にコミットできたかというと,おそらくきわめて低いと言えるのではないでしょうか.これまでの保全遺伝学は集団の遺伝的多様性や遺伝的多様性に影響する要因については,それなりに知見を積み重ねてきました.しかし,保全の現場にそれを応用するためには「どうすれば遺伝的多様性を守れるのか?」「遺伝的多様性をどれだけ守ればいいのか?」「そもそお遺伝的多様性を守って何になるのか?」といった疑問に保全遺伝学の研究者は答える必要があるでしょう.

これらの背景をふまえて,もうひとつのブログに樹木の保全遺伝学の現在の論点について,かなり大雑把なドラフトを書いてみました.これをベースに今月は自分の考えを整理していきたいと思います.

2010年2月20日土曜日

カナダの森林は失われている(1/3):森林大国カナダは幻想だった・・・

またしばらくブログの更新をサボっていました.Twitterのせいもあるのですが,それ以上に1・2月は落ち着いて物事を考えるゆとりがなかったのだろうとも思います.しかし,幸いなこと(?)にPEMの課題で本を1冊読まなければいけないので,その記録をブログにまとめたいと思います.

今回読んだのは,森林大国カナダからの警鐘―脅かされる地球の未来と生物多様性という本です.著者のエリザベス・メイさんは法律の専門家である一方で,カナダ・緑の党の党首やカナダ・シエラクラブ代表として,精力的に環境活動を行っています.そのメイさんがこの本を通じて訴えているのは,カナダの森林の深刻な現状です.

カナダといえば,ロッキー山脈や地平線まで続く森林といった,豊かな自然のイメージを多くの人が持つと思います.あるいは,私のように森林関係の分野にいる人からすれば,豊富な資源量を誇る世界最大の森林・林業国という具合でしょうか.しかし,そのカナダの森林のほとんどが,略奪的な林業によって急速に失われており,このままでは近いうちにカナダの林業は崩壊する危機にあるという事実はあまり知られていないと思います.この本は,そのカナダの森林・林業の危機的な現状とそれを引き起こしている構造的な問題点を,これでもかというくらい詳細につづった衝撃的な一冊です.

資源量が豊富なカナダ南部の森林はすでにほとんどが切り尽くされ,現在はアクセスが困難で伐採後の回復が困難な北部の森林にまで,開発の手は広がっています.林業の機械化・効率化にともなって,大面積皆伐の割合が増えていることで,その影響はさらに深刻化しています.また,希少な野生動物の生息地や分水嶺など,本来保護区にすべき地域においても伐採が進行しており,生物多様性の多くがいま失われつつあります.また,多くの州では開発は先住民の居住地にもおよび,州政府・森林業界とのあいだではげしい対立が起きています.

ここまで開発を進めてしまうほど,カナダの森林産業は深刻な木材不足に悩まされています.事実,多くの州で長期的な木材の供給は質・量ともに低下しています.一部の州ではすでに工場が閉鎖されたり,隣国のアメリカ合衆国や他の州から木材を供給してもらうことを余儀なくされています.カナダの森林産業はすでに崩壊の兆しを見せているのです.

「2/3:森林業界が抱える構造的な問題」へ続く)

カナダの森林は失われている(2/3):森林業界が抱える構造的な問題

このような危機を招いた根底には,カナダの森林資源は無尽蔵であるという根強い幻想があります.大半の州では木材資源量の調査が十分に行われておらず,ありえない成長予測にもとづいて年間許容伐採量が設定されてきました.むしろ,州政府・科学者・森林産業はこの仮定を利用することによって,需要にあわせて年間許容伐採量を操作してきました.

一方,希少な野生動物の生息地や森林生態系を保護する制度は,多くの州で有効に機能していないのが実情です.政治的な圧力や森林業界からの要望によって,本来保護区に指定されるべき場所に何の規制もかからないばかりか,規制を解除することすらあるようです.また,希少種を保護する連邦法が近年制定されましたのですが,これを直ちに適応できるのは連邦政府が管轄するわずかな土地に限られており,依然として多くの希少種の生息地が開発の危機にさらされています.

また,州政府の林業に対する手厚い保護政策も,原因の一つと言えそうです.州によって仕組みは若干違うのですが,カナダの森林は基本的に公有林であり,州政府に土地のライセンス料と伐採権料を支払うとこで,企業は森林資源を利用することができます.ところが,このライセンス料・伐採権料は隣国のアメリカ合衆国と比較にならないくらい安く,再造林や森林管理署の運営に必要な費用をまかなえないことすらあるようです.それにもかかわらず,大規模な木材・パルプ工場を建設する際に道路などのインフラ整備を州が行うこともかつてはあったようです.最近では,ライセンス料・伐採権量を値上げするなど状況は改善しているようですが,依然として持続可能でない伐採を州政府が支援しているという状態は続いています.

このように,不確かな資源量予測,森林資源に関わるさまざまな利権,自然保護制度の不備によって,カナダはこれまでに原生林のほとんどを失ってしまったのです.この本の第2部ではカナダのそれぞれの州の現状と問題点がかなり詳しく紹介されています.

「3/3:グローバル経済,そして日本は・・・」へ続く)

カナダの森林は失われている(3/3):グローバル経済,そして日本は・・・

恥ずかしながら,この本を読むまで私はカナダの森林がここまで開発によって失われているという事実を知りませんでした.一昨年に学会で行ったケベック州で,エクスカーションで訪れたわずか数十haの保護区とその周辺のみすぼらしさにガッカリしたのですが,この本を読んでようやく納得がいきました.

この本を通じて描かれているカナダの森林の現状は,あまりにも悲観的です.この本の記述はプロパガンダ的な要素を多く含んでいるので,その内容のすべてが真実であるとは思っていませんが,いずれにしてもカナダの森林・林業が崩壊の危機に瀕しているのは事実でしょう.本書の最後には「総合的な森林管理」「先住民の参画」など,将来の展望がいくつか書かれているのですが,この本で紹介されている現状を考えるとその希望はとても儚く感じられます.この本を読みながら,どうやったらカナダの林業が持続可能であり続けることができるかと考えているのですが,その有効な答えは思い浮かびませんでした.

制度の不備・営利企業からの圧力・政治的利権など,カナダの森林が抱えている構造的な問題は深刻です.しかし,問題の元凶は依然として増加しつづけている木材に対する世界の需要にあります.最大の輸入国はアメリカですが,日本やEU,近年では中国もカナダから多くの木材や紙を輸入しています.東南アジアやアマゾンの熱帯雨林と同じく,カナダの森林もグローバル経済の脅威にさられているのです.海外からの需要がある限り,この問題を解決することはむずかしいでしょう.

メディアの報道や自然保護団体のプロパガンダの成果もあって,最近は熱帯雨林の危機については先進国の多くの企業や消費者が関心を持っていると思います.しかし,カナダをはじめとする北方林が同様の危機にあることが,どれだけ認知されているでしょうか.この問題の責任が,カナダだけでなく消費国の側にあることは明らかです.責任ある消費者として,カナダの森林の現状を認識することがまずは重要なのかと思います.

また,この問題は木材の80%以上を輸入に頼っている日本の資源戦略にも影響を与えます.現在,日本はカナダから多くの木材を輸入しています.手元にある森林・林業白書(平成20年版)の統計によれば,カナダ・アメリカからの輸入量は平成7年から平成18年にかけて減少していますのが,それでもなお輸入される木材の約1/3がカナダ・アメリカ由来です.近い将来,価格が高騰したり輸入そのものが不可能になったときに日本はどうすべきか,真剣に考えなければいけないでしょう.

ところでこの本,ひとつ難をつけるとすれば,記述が冗長でとても読みづらいです.もう少しあっさり書いてくれればいいのにと,読みながら感じました.

2009年12月24日木曜日

里山・里海って・・・?

しばらく更新が滞っていました.21~23日までの3日間は,仙台で開催された日本における里山・里海のサブ・グローバル評価(里山里海SGA)の会議を,生態適応GCOEのツテで手伝わせてもらいました.

里山里海SGAとは,国連が提唱して2001~2005年に行われたミレニアム生態系評価(MA)の続きとして,日本の里山・里海を対象に生物多様性と生態系サービスの評価を行おうという計画で,2010年10月に名古屋で行われる生物多様性条約COP10での公表が予定されています.

手伝い人の私がこの会議の内容に言及するのはあまりよくないので,差し障りのない範囲で感想を述べたいと思います.

SGAは基本的にMA-SGAの枠組みを踏襲するので,この報告書では里山・里海の現状と傾向・対応の評価・将来のシナリオの,大きく分けて3つの要素について評価が行われる予定です.来年のCBD/COP10でのレポートの公表を控えているということで今回の会議では,これまでに国レベルの専門家が評価した結果とその枠組について,議論が行われました.里山・里海の現状と傾向の部分ではさらに,里山・里海の定義・生態系サービスの変化の現状と要因…などなどについて,かなり突っ込んだ議論が行われました.

この会議の議論をずっと聞いていて思い浮かんだのが,里山・里海って何なのだろうという素朴な疑問です.「里山」という単語をから私が思い浮かべるのは,新潟(特に上・中越地方)の山村地域のような,タケノコ・山菜が採れる山があって,田んぼがあって,あまり大きくない川があって,池があって…,というイメージです.これがいわば,私のなかの「里山」の原風景なのでしょう.一方,「里海」というのは聞き慣れない言葉ですが,強いてあげるとすれば磯とか小さな漁村とかがあるような風景でしょうか.具体的には,新潟の山北町の海岸線のイメージですね.

ところが,様々な議論を聞くなかで,人間が関わっているという点では共通しているものの,空間的な広がり・そこに含まれる要素・機能など,里山・里海の定義・解釈がきわめて多様であるということに驚きました.最終的にここで議論された結果がどう位置づけられていくかは,来年10月のCBD/COP10以降です.今後も注目していきたいと思います.

もう一つ興味深かったのが,里山里海SGAをどうやって日本国外に向けて発信していくかという議論でした.これについても目からウロコな重要な議論がいくつもありました.これもやはり,CBD/COP10以降の動向が気になります.

3日間の会議の半分くらいは,各章ごとに執筆者と関係者の分科会が行われました.私もとある分科会をお手伝いしつつ議論を聞いていたのですが,なかなか楽しい議論でした.この議論を踏まえて最終的に発行されるレポートがどうなるか,楽しみです.

まだまだ書きたいことがたくさんあるのですが,それらは来年10月のCBD/COP10までのお楽しみ,ということで.

会議が終わった後は,この会議に共同議長・専門家として国連環境計画(UNEP)から来られた2人のゲストを連れて,鳴子温泉に行きました.ここでもいろいろ興味深い話を聞かせてもらいました.話の内容と英語についていくのが大変だったのですが,いい経験をさせてもらいました.

2009年11月17日火曜日

「日本の林業の問題点」って言われても・・・

先日,民間企業で働いている大学時代の友人から「日本の林業の問題点が平易に分かる入門書や資料集ないかなぁ」というメールが来ました.

日本の林業が抱える様々な問題については,私のみならず多くの心ある森林研究者が憂いでいるところです.しかし,それらの論点が簡潔にまとめられている本って言われても,具体的な書名が思い浮かびません.

学部のときに森林政策学に関連する授業をいくつか履修していたのですが,教科書を買ったことがなく,ほとんどが先生の手作りの資料やテキストでした.中にはA4で100ページ近くになるものもあり,授業のためだけによくこんなものを作ったなぁと感心してしまうものもありました.

結局,手元にあった本の中で友人の要望にこたえられそうなものは,林野庁が毎年出している森林・林業白書―低炭素社会を創る森林〈平成21年版〉だけでした.

これで日本の林業が抱えている問題点がきちんと理解できるのかは不明ですが,挿絵がたくさんあって,大きな字・簡潔な日本語で書かれていることだけは間違いありません.中学生でも楽に読めます.

私の勉強不足なのかもしれませんが,日本の林業が非常に多くの問題を抱えている状況において,林業の問題点を総合的に論じた本がないというのは,ある意味日本の森林学会の怠慢と言えるのかも知れません.どうかこれが私の無知による誤解であることを,祈りたいと思います.

私自身は自分が出来る範囲で日本の林業が抱えている問題点を他の研究者と共有する機会を持ちたいと考えています.来年の森林学会大会では,「環境変化と樹木の保全」と題した小さい国際ワークショップを開催します.講演者は少ないですが,日本の森林学会に向けて少しでも問題提起をしていきたいと思っています.

2009年11月12日木曜日

動的なネットワークと価値の創造,そして連鎖へ

先週末に行われたPEM講義「ソーシャル・レスポンシビリティ学II」の報告のつづきです.

今回の講義には,国内のNPOを代表してアサザ基金代表の飯島博さんが来てくださいました.市民による自然再生の先駆的な事例として有名な霞ヶ浦・北浦アサザプロジェクトをはじめ,アサザ基金は多くの市民参加型運動を展開しています.講義やその後の議論ではこれらの事例にくわえて,「働きかけ」によるネットワークの創造といったアプローチの話からNPO・研究者のあるべき姿に至るまで,とても刺激的な議論が続きました.

この話題についてはPEM一期生のエース:吉野元さんもブログに書いてますので,そちらもあわせて読んでもらえればと思います(http://nocchi39.blog38.fc2.com/blog-entry-227.html).

アサザ基金のアプローチの特徴は,市民が主体のネットワークに様々な立場の組織や人を巻き込み,そこで形成された「場」のなかで課題に取り組んでいくことにあります.一般的なプロジェクトと同じく自然保護の現場においても,まず中心となる組織(行政など)が全体的な課題と具体的な指針を設定して,それにしたがって各人が行動するということが普通だと思います.

それに対してネットワーク型のアプローチでは,中心となる組織やあらかじめ決められた課題は大きな意味を持ちません.その代わりに,ネットワークに参加する人たちが個別の課題へ取り組んでいくことによって新しい価値やつながりが生まれ,次の課題が生まれていきます.このようにネットワークが動的に成長することによって総合化が起こり,全体が動いていくわけです.

では,どうやったら動的に成長していくネットワークを展開できるのでしょうか.飯島さんによれば,そのカギは「価値」「意味」であるとのことです.ネットワークが機能していくためには常に「動き」「流れ」があることが必要なのですが,あらかじめ決められた「課題」のために組織化されたネットワークはやがて硬直化して機能しなくなります.ところが「価値」「意味」を通じてつながっているネットワークはそれによって様々な人や組織とつながり,そこからまた新しい「価値」「意味」が生まれます.このような「良き出会いの連鎖」によって動的に成長していくネットワークが展開されるのです.

講義では小中学校の環境学習を契機に地域のネットワークを立ち上げていった事例をいくつか紹介していただきました.なかでも,霞ヶ浦・北浦アサザプロジェクトはこれまでに200以上の学校・企業・自治体などが参加する壮大な地域ネットワークへと成長していきました.このような成功事例が他の地域にも波及していってほしいものです.

ただ,そこに「価値」「意味」があったとしても,動的に成長していくネットワークを立ち上げて機能させるためには,何かしらの“力”が必要なはずです.私は飯島さん自身が培ってきた価値観や動き方にその“力”を感じました.ネットワークは「共同体」ではなく,「違い」や多様性を飲み込みながら拡がっていくものです.そのためには「異質なものを否定しない」「膨大な多次元の世界へ入る」「壁を溶かす」といった行動ができる価値観と“勇気”が必要でしょう.

制度や利益のしばりを受けにくいNPOは本来,つながりを作っていくための「触媒」であるべきだと,飯島さんは言います.多くのNPOが行政の下請けや補完をしている現状は,「触媒」とはほど遠いものかも知れません.これを変えていくためには,まず「良き出会い」が必要でしょう.行政やNPO自身の価値観や内輪のつながりにとどまることなく,他者との出会いを通じて多様な価値観を受け入れていくことが第一歩であると思います.

保全や問題解決に携わる研究者自身もネットワークの中でどう振る舞うかを考えなければなりません.飯島さんは「精神なき専門人」という警句をもってして,トップダウン的な仕組み作りに向かう研究者を批判していました.この批判は部分的には当たっていると思います.研究者自身が地域とのつながりのなかで新しい「価値」「意味」を創造できるか,あるいは地域の中で研究者がどう位置付けられて機能していくのかを改めて考えてみなければいけないと感じました.

--
ところでこの文章,今日の未明から書き始めて夕方にようやく公開することができました.ここまで時間がかかったのは,私の語彙力・文才の無さを差し置いて言えば,「市民参加の動的ネットワーク」という“定まった実態がないもの”について表現することの難しさのせいでしょう.最後にとりあげた研究者自身への課題は,この“定まった実態のないもの”と自身との関係を考えることであると言えます.これを真剣に考えることは,あるいはとても困難なものになるのかも知れません.そこに踏み込む“勇気”があるか,「応用科学」を少しでも標榜している生態学研究者は考えたほうがいいのかも知れません.

2009年11月10日火曜日

持続可能な社会と後ろ向きな問題解決

この週末は生態適応GCOEの人材育成プログラムの一環として,ソーシャル・レスポンシビリティ学IIの講義を仙台で受けてきました.

企業の社会的責任(CSR: Cooperate Social Responsibility)に代表される,社会的“責任”(SR: Socal Resonsibility)とは,「自らと社会・地球環境の関わりを認識し,真に持続可能な社会を作り上げるための活動」を意味しています.今回の講義では,持続可能な社会をどう構築していくかという点について,受講者を交えて興味深い議論が行われたので,その様子を紹介したいと思います.

今回の講義では事前に,国際NGOのThe Natural Stepが開発した持続可能な社会の構築に関するe-learningを行いました.内容は,現状の認識とナチュラルステップが提唱してきた持続可能性の具体的な定義と持続可能性な社会を構築するためのストラテジー,そしてそれを実際に実現した例などです.

ナチュラルステップでは持続可能なシステムを4つの条件によって定義しています.(訳は富田)

  1. 地殻から掘り出した物質(化石燃料・重金属・リン鉱石など)の濃度が増加しないこと
  2. 人間活動に由来する化学物質の濃度が増加しないこと
  3. 自然が人間活動によって劣化させないこと
  4. すべての人が平等に生態系サービスの恩恵を受けられること

これをもとに,将来あるべき状態をまず先に設定し,そこから後ろを振り返ってストラテジーを立てるのが,「バックキャスティング」と呼ばれる考え方です.e-learningではこれらの考え方とその実例を演習問題付きでとても丁寧に説明されていました.また講義では,ナチュラルステップ・ジャパン代表の高見幸子さんが講師として来てくださり,スウェーデンの企業・自治体がバックキャスティングによって持続可能な社会をデザインしてきた実例を紹介していただきました.

ナチュラルステップのアプローチが優れている点は,バックキャスティングという目標設定型のアプローチを取り入れていることよりは,むしろその目標の頑健性にあると思います.

目標が頑健であることは特に,このアプローチが成功するために重要な意味を持っています.目標設定型のアプローチの失敗例として分かりやすいのが,民主党政権になって見直しが進められている一部の公共事業です.公共事業ではあらかじめ,道路の交通量や人口の増加と水需要といった将来の目標を設定したうえで,それを満たすように事業計画を立てます.しかし,それが満たされないと費用対効果の面でその事業は失敗します.環境対策においても同様に,想定外の要因や見積もりの甘さなど,目標の設定ミスによって事業が失敗する例があると思います.

先に述べた4つの原則のうちの最初の3つは,物質循環・生物の代謝・生態系機能の本来あるべき姿を超えないこというとても単純な根拠に基づいて設定されているため,幅広い問題に対して適応が可能で,かつ頑健であると言えます.保全や自然科学に取り組んでいる人ならあるいは,これよりも達成が簡単でより有効な原則を提示することができるかも知れません.しかし,この4つの原則は最善ではないにせよ,状況がどうなってもその意義はほとんど変わりません.

このアプローチは社会システム全体の大きな転換を図るときに特に有効だと,高見さんは考えているようです.大規模な規制や仕組みの転換には,非常に大きな労力と事業間の一貫性が求められることがその理由です.確かにこれは正しいと思います.しかし,目標とストラテジーの設定・実行においては,問題に関わるすべてのステークホルダーが議論し合意することが不可欠です.ナチュラルステップ発祥の地であるスウェーデンでこのアプローチが成功している理由は,スウェーデンの民主主義がとても成熟しており,徹底した情報公開と国民参画の仕組みが出来上がっているからです.

では,日本ではどうでしょうか.今回のPEM講義には前山形県鶴岡市議の草島進一さんが地方自治体で政策に関わってきた立場から講演をしてくださいました.

草島さんはもともと水環境問題から持続可能な社会の構築に興味を持たれたということで,鶴岡市議になる前は,ダム建設の反対運動をやっていたそうです.流域においてダム建設や河川改修のような大規模な事業を行う際には,流域委員会という委員会が設置されて住民や専門家が事業の是非や手法について議論を行うことになっています.ところが実際は,中立的なファシリテーターがいないために国土交通省のシナリオどおり有効な議論がされないまま事業が進められてしまうことがしばしばあるようです.また実際の事業においても,不正確な需要予測にもとづく事業計画がそのまま遂行され,結果として大きなムダや生態系サービスの劣化を招くことがよくあります.

すなわち,地方自治体の事業には目標の設定における議論と合意形成がなく,そもそも頑健な目標を設定するための基準すらないのです.

草島さんはここで,ナチュラルステップの基準を用いて持続可能な社会の構築を議論してこようとしました.保守の地盤が強い鶴岡市で草の根的に活動を展開することは大変なことだったと思います.残念ながら,先月行われた市長選挙に挑戦して落選されたということですが,今後のご活躍に期待したいと思います.

2009年8月9日日曜日

企業と生物多様性(3/3):組織を動かす個人の力,考え方の多様性

2/3からのつづき)

意見交換会のあとは,同じビルの食堂で懇親会が行われました.ここでも上記のような議論があちこちで行われ,とても有意義な時間をすごすことができました.ここで何人かの方とじっくりお話をしてみて,企業の行動を決めるうえでの個人の力の影響力と,考え方の多様性の重要さに気付かされました.

私がお話をした企業の担当者の方は,よく勉強されてて,さらに人間的にも魅力的な方ばかりでした.今回参加された企業の多くは事業規模・従業員数ともにかなり大きい会社だったのですが,実際にその中で生物多様性の保全を担当している方はせいぜい数名~十数名程度でしょう.となると,今回の意見交換会に参加された各担当者の方が企業の方針決定に大きな影響を与えている,さらにはその方がいなかったらその企業はここまでの取り組みができなかっただろうと言っても過言ではないと思います.

逆にいえば,組織のトップでなくともアイディアと熱意を持った個人の力で大きな組織の方針を動かせる可能性がある,ということを意味しています.これは先月行われたGCOE主催の鼎談「白神山地の今昔 -世界遺産の保全のあり方」でも感じたことです.

また,今回の参加した企業はそれぞれのビジネスの形態や実際の取り組みに関わる担当者の方の考え方で,実に多様な取り組みを行っていました.生物多様性の保全にかかわる課題は実に多様で,その解決策も同様に多様であるはずです.

日本では生物多様性の保全は政府や地方自治体が主体となって行うケースがほとんどだと思います.行政は遂行能力・予算規模においては企業とは比べ物になりません.しかし,行政のやり方は関係者間の利害調整であるので,多様な考え方を“平均化”したような施策になってしまうことが多いのではないかと思います.このようなやり方では,生物多様性に関する多様な問題のごく限られた部分にしか取り組むことができないでしょう.

一方の企業は行政ほどの力はありませんが,それぞれが自分のビジネスに関連した多様な課題を抱えていて,それに対して各社の考え方・やり方で取り組んでいます.ということは,仮にほとんどの企業が自社のビジネスに関連する生物多様性の保全に取り組めば,行政が行うよりもはるかに多様な問題を解決することができるということになります.

そしてその多様性を生み出すのも,個人の力によるところが大きいと思います.似たような業態の企業同士でもそれに携わる人の考え方がまちまちなら,まったく別のアプローチで問題に取り組むこともあるでしょうし.

となると行政や研究機関は自分たちだけで問題を解決するというよりは,企業が自らの考え方で生物多様性の保全に取り組んだり似たような関心を持っている企業同士が協力できるような体制を整え,さらに全体的な指針を示すという方向性にシフトしていったほうがよいのかなと思います.

それと同時に,私たちのように恵まれた教育を受けている人間は,ただ知識を吸収するだけでなく自らが専門家として大きな組織を動かしていくのだ,ということを少し自覚したほうがいいのかなと思いました.また,生物多様性やその保全,さらには自然そのものに対する自分の価値観を確立しておくことも必要でしょう.

そういう気持ちを持ったことが,自分にとって今回の一番の収穫だったのかなと,この文章を書きながら感じています.

企業と生物多様性(2/3):生物多様性にどう取り組むか?各社のアプローチ

1/3からのつづき)

企業側の事例紹介では,原料調達先の熱帯林の保全から都市の生物に配慮した施工技術まで,それぞれの業態に応じた様々な取り組みが紹介されました.

まず気がついたのが,企業間での生物多様性保全活動の位置づけの違いです.原料調達先の生態系保全に取り組んだり,研究機関と協力して資源調査を行うといった,どちらかといえば自然生態系の保全に取り組んでいる企業は,短期的な自社の利益というよりはより長期的な視点から持続的な企業活動を目的としているように感じました.

一方,建設会社のように,建築物の設計において都市の生物に配慮した緑化・ビオトープ造成を提案したり,独自のチェックシステムや環境GISなどを用いて施工における生態系への配慮を行ったりという企業は,生物多様性の保全活動を自社の競争力として経営戦略の中に明示的に位置付けている印象がありました.

これらの2つのタイプでは,実際の取り組みの方法も異なっていました.生態系や資源の保全に取り組む企業は,企業が単独で取り組むケースはほとんどなく,NPO/NGOや研究機関などと共同で取り組みを行っていました.一部の企業は個別の取り組みだけでなく,業界全体としての生物多様性保全の規準づくりなどにも積極的に参加し,また情報交換も行っているようでした.

これに対して環境技術の開発に取り組む企業は,ほぼすべての取り組みを自社のみで行っており,情報交換などもあまり行っていないような印象を受けました.これは,環境技術を自社の競争力として位置付けているために自社の手の内をさらせないという事情があるようです.

ところが,緑化・ビオトープ造成のような都市における生物多様性保全においては,個別の施工ではなく地区全体の配置が重要となるため,似たような取り組みを行う企業が情報を交換できないことは,効果を最大に発揮できないことを意味します.

この問題は企業も認識しているようで,企業側からは「企業同士は直接共同できないが研究機関が中立的な立場で企業をまとめてほしい」「都市の生物多様性保全におけるマスタープランを行政・研究機関が中心となって出してほしい」と言った意見が議論のなかで出ました.

これに関連して研究者の側からは,都市における生物多様性保全の基本的な知見を蓄積し,マスタープランを議論する材料とするために,企業が持っている個別のデータを共有してメタ解析を行ったり,全国の事業所の敷地を利用して共通のデザインで実験を行ったりできないかという意見が出されました.

私も個別に既存の取り組みにおいても共通のデザインで生物相の簡単なモニタリングを行えないかということを提案しました.

企業と生物多様性(1/3):なぜ企業が生物多様性に取り組むのか?

一昨日は,生物多様性の保全に積極的に取り組む企業の集まりである企業と生物多様性イニシアチブ(JBIB)東北大学生態適応GCOEの意見交換会に出席するために,東京へ行ってきました.

企業が生物多様性に取り組む動機は様々で,表向きのモチベーションは一般消費者向けのPRだったりするのですが,究極的には持続的な企業活動にあります.というのも,多くの企業活動は「生態系サービス」と呼ばれる生物多様性の恩恵に直接的・間接的に依存しているからです.また市民の環境に対する意識が高まってきた近年では,生物多様性への配慮を欠いた企業活動は消費者や環境団体から反感を買うことにもなります.

このような背景から,持続的な企業活動のためには生物多様性の保全活動が重要であるといえます.

今回の意見交換会では,JBIBの会員企業のうち7社からそれぞれの取り組みを紹介していただき,それについて東北大学の研究者を交えて議論をしました.それぞれの企業の取り組みはいずれもすばらしく,大いに刺激を受けました.また,意見交換会・懇親会での議論を通じて,いろいろなことを考えました.

ちょっと長くなってしまうので,3回くらいに分けて意見交換会の様子を紹介したいと思います.

2009年7月20日月曜日

トキの本州飛来に思う

今日の夜,新潟の実家にいる父から「うちの近所にトキが来てて,今日は姿を見れたよ!!」という,とてもうれしそうなメールが来ました.ただ,生態学とは縁のない父には申し訳ないのですが,佐渡島に放鳥されたトキが本州に飛来してその地元が騒いでいるニュースを聞くたびに,少し残念な気持ちになります.

佐渡島では「およそ10年後(2015年頃)に小佐渡東部に60羽」(※平成16年1月29日付の計画)のトキが定着することを目指して何年もかけて水田の環境整備などの自然再生事業に取り組んでおり,その一環として昨年の9月25日に10羽が試験的に放鳥されました.そして残念ながら,今年は放鳥した5羽のメスがすべて本州に渡ってしまい,野外での繁殖はできませんでした.今年は昨年の倍にあたる20羽を放鳥して,佐渡での群れの形成と繁殖を試みるということなので,少しでもその試みがうまくいくこと,あるいは本当に野生復帰が可能なのかという判断をするためのデータが蓄積していくことを期待したいと思います.

ところで,本州に飛来した5羽がすべてメスだったことから,トキはメス分散ということなります.また,佐渡島に近い新潟県だけでなく,富山県や宮城県などでも姿が目撃されていることなら,単独でもかなり高い分散能力を持っていることが分かります.これらはトキを佐渡島に定着させることがいかに難しいかを物語っています.

本州に飛来したメスは繁殖に参加することなく,いずれ死ぬことになるでしょう.今年はメスを少し多めに放つ予定ということなので,今年の冬から来年にかけてまた何羽かのトキを本州で見ることができ,さらに多くの人を喜ばせることになると思います.しかし,その中でトキを放鳥した経緯や彼らの末路について考えたことがある人は果たしてどれいくらいいるのでしょうか.

うちの近くでトキを見かけたら,たぶん私も父のように興奮していろんな人に自慢するとは思います.しかし,少なくとも富山県黒部市のように自治体が飛来したトキに住民票を発行するというような浮かれた気持にはならないと思います.

本州に飛来するトキは,動物園のパンダのようなアイドルでも地方自治体のアピール材料でも決してありません.その背景には,トキの野生復帰と自然再生に向けたさまざまな議論・葛藤・努力,そしてトキを野生復帰させることのむずかしさがあります.彼らはいわば,それらの一連の問題の当事者であり象徴であるわけです.(その他にも本当にいろいろドロドロした問題があるのでしょうが,ここでは触れないことにします)

どうか,本州に飛来したトキを見かけた人は「珍しいものを見た」という感想だけでなく,彼らの野生復帰や自然再生について少しでも思いをはせて欲しいものです.夕方のローカルニュースでもちょっとくらいは触れて欲しいですね.