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2010年2月20日土曜日

カナダの森林は失われている(1/3):森林大国カナダは幻想だった・・・

またしばらくブログの更新をサボっていました.Twitterのせいもあるのですが,それ以上に1・2月は落ち着いて物事を考えるゆとりがなかったのだろうとも思います.しかし,幸いなこと(?)にPEMの課題で本を1冊読まなければいけないので,その記録をブログにまとめたいと思います.

今回読んだのは,森林大国カナダからの警鐘―脅かされる地球の未来と生物多様性という本です.著者のエリザベス・メイさんは法律の専門家である一方で,カナダ・緑の党の党首やカナダ・シエラクラブ代表として,精力的に環境活動を行っています.そのメイさんがこの本を通じて訴えているのは,カナダの森林の深刻な現状です.

カナダといえば,ロッキー山脈や地平線まで続く森林といった,豊かな自然のイメージを多くの人が持つと思います.あるいは,私のように森林関係の分野にいる人からすれば,豊富な資源量を誇る世界最大の森林・林業国という具合でしょうか.しかし,そのカナダの森林のほとんどが,略奪的な林業によって急速に失われており,このままでは近いうちにカナダの林業は崩壊する危機にあるという事実はあまり知られていないと思います.この本は,そのカナダの森林・林業の危機的な現状とそれを引き起こしている構造的な問題点を,これでもかというくらい詳細につづった衝撃的な一冊です.

資源量が豊富なカナダ南部の森林はすでにほとんどが切り尽くされ,現在はアクセスが困難で伐採後の回復が困難な北部の森林にまで,開発の手は広がっています.林業の機械化・効率化にともなって,大面積皆伐の割合が増えていることで,その影響はさらに深刻化しています.また,希少な野生動物の生息地や分水嶺など,本来保護区にすべき地域においても伐採が進行しており,生物多様性の多くがいま失われつつあります.また,多くの州では開発は先住民の居住地にもおよび,州政府・森林業界とのあいだではげしい対立が起きています.

ここまで開発を進めてしまうほど,カナダの森林産業は深刻な木材不足に悩まされています.事実,多くの州で長期的な木材の供給は質・量ともに低下しています.一部の州ではすでに工場が閉鎖されたり,隣国のアメリカ合衆国や他の州から木材を供給してもらうことを余儀なくされています.カナダの森林産業はすでに崩壊の兆しを見せているのです.

「2/3:森林業界が抱える構造的な問題」へ続く)

カナダの森林は失われている(2/3):森林業界が抱える構造的な問題

このような危機を招いた根底には,カナダの森林資源は無尽蔵であるという根強い幻想があります.大半の州では木材資源量の調査が十分に行われておらず,ありえない成長予測にもとづいて年間許容伐採量が設定されてきました.むしろ,州政府・科学者・森林産業はこの仮定を利用することによって,需要にあわせて年間許容伐採量を操作してきました.

一方,希少な野生動物の生息地や森林生態系を保護する制度は,多くの州で有効に機能していないのが実情です.政治的な圧力や森林業界からの要望によって,本来保護区に指定されるべき場所に何の規制もかからないばかりか,規制を解除することすらあるようです.また,希少種を保護する連邦法が近年制定されましたのですが,これを直ちに適応できるのは連邦政府が管轄するわずかな土地に限られており,依然として多くの希少種の生息地が開発の危機にさらされています.

また,州政府の林業に対する手厚い保護政策も,原因の一つと言えそうです.州によって仕組みは若干違うのですが,カナダの森林は基本的に公有林であり,州政府に土地のライセンス料と伐採権料を支払うとこで,企業は森林資源を利用することができます.ところが,このライセンス料・伐採権料は隣国のアメリカ合衆国と比較にならないくらい安く,再造林や森林管理署の運営に必要な費用をまかなえないことすらあるようです.それにもかかわらず,大規模な木材・パルプ工場を建設する際に道路などのインフラ整備を州が行うこともかつてはあったようです.最近では,ライセンス料・伐採権量を値上げするなど状況は改善しているようですが,依然として持続可能でない伐採を州政府が支援しているという状態は続いています.

このように,不確かな資源量予測,森林資源に関わるさまざまな利権,自然保護制度の不備によって,カナダはこれまでに原生林のほとんどを失ってしまったのです.この本の第2部ではカナダのそれぞれの州の現状と問題点がかなり詳しく紹介されています.

「3/3:グローバル経済,そして日本は・・・」へ続く)

カナダの森林は失われている(3/3):グローバル経済,そして日本は・・・

恥ずかしながら,この本を読むまで私はカナダの森林がここまで開発によって失われているという事実を知りませんでした.一昨年に学会で行ったケベック州で,エクスカーションで訪れたわずか数十haの保護区とその周辺のみすぼらしさにガッカリしたのですが,この本を読んでようやく納得がいきました.

この本を通じて描かれているカナダの森林の現状は,あまりにも悲観的です.この本の記述はプロパガンダ的な要素を多く含んでいるので,その内容のすべてが真実であるとは思っていませんが,いずれにしてもカナダの森林・林業が崩壊の危機に瀕しているのは事実でしょう.本書の最後には「総合的な森林管理」「先住民の参画」など,将来の展望がいくつか書かれているのですが,この本で紹介されている現状を考えるとその希望はとても儚く感じられます.この本を読みながら,どうやったらカナダの林業が持続可能であり続けることができるかと考えているのですが,その有効な答えは思い浮かびませんでした.

制度の不備・営利企業からの圧力・政治的利権など,カナダの森林が抱えている構造的な問題は深刻です.しかし,問題の元凶は依然として増加しつづけている木材に対する世界の需要にあります.最大の輸入国はアメリカですが,日本やEU,近年では中国もカナダから多くの木材や紙を輸入しています.東南アジアやアマゾンの熱帯雨林と同じく,カナダの森林もグローバル経済の脅威にさられているのです.海外からの需要がある限り,この問題を解決することはむずかしいでしょう.

メディアの報道や自然保護団体のプロパガンダの成果もあって,最近は熱帯雨林の危機については先進国の多くの企業や消費者が関心を持っていると思います.しかし,カナダをはじめとする北方林が同様の危機にあることが,どれだけ認知されているでしょうか.この問題の責任が,カナダだけでなく消費国の側にあることは明らかです.責任ある消費者として,カナダの森林の現状を認識することがまずは重要なのかと思います.

また,この問題は木材の80%以上を輸入に頼っている日本の資源戦略にも影響を与えます.現在,日本はカナダから多くの木材を輸入しています.手元にある森林・林業白書(平成20年版)の統計によれば,カナダ・アメリカからの輸入量は平成7年から平成18年にかけて減少していますのが,それでもなお輸入される木材の約1/3がカナダ・アメリカ由来です.近い将来,価格が高騰したり輸入そのものが不可能になったときに日本はどうすべきか,真剣に考えなければいけないでしょう.

ところでこの本,ひとつ難をつけるとすれば,記述が冗長でとても読みづらいです.もう少しあっさり書いてくれればいいのにと,読みながら感じました.

2009年12月24日木曜日

里山・里海って・・・?

しばらく更新が滞っていました.21~23日までの3日間は,仙台で開催された日本における里山・里海のサブ・グローバル評価(里山里海SGA)の会議を,生態適応GCOEのツテで手伝わせてもらいました.

里山里海SGAとは,国連が提唱して2001~2005年に行われたミレニアム生態系評価(MA)の続きとして,日本の里山・里海を対象に生物多様性と生態系サービスの評価を行おうという計画で,2010年10月に名古屋で行われる生物多様性条約COP10での公表が予定されています.

手伝い人の私がこの会議の内容に言及するのはあまりよくないので,差し障りのない範囲で感想を述べたいと思います.

SGAは基本的にMA-SGAの枠組みを踏襲するので,この報告書では里山・里海の現状と傾向・対応の評価・将来のシナリオの,大きく分けて3つの要素について評価が行われる予定です.来年のCBD/COP10でのレポートの公表を控えているということで今回の会議では,これまでに国レベルの専門家が評価した結果とその枠組について,議論が行われました.里山・里海の現状と傾向の部分ではさらに,里山・里海の定義・生態系サービスの変化の現状と要因…などなどについて,かなり突っ込んだ議論が行われました.

この会議の議論をずっと聞いていて思い浮かんだのが,里山・里海って何なのだろうという素朴な疑問です.「里山」という単語をから私が思い浮かべるのは,新潟(特に上・中越地方)の山村地域のような,タケノコ・山菜が採れる山があって,田んぼがあって,あまり大きくない川があって,池があって…,というイメージです.これがいわば,私のなかの「里山」の原風景なのでしょう.一方,「里海」というのは聞き慣れない言葉ですが,強いてあげるとすれば磯とか小さな漁村とかがあるような風景でしょうか.具体的には,新潟の山北町の海岸線のイメージですね.

ところが,様々な議論を聞くなかで,人間が関わっているという点では共通しているものの,空間的な広がり・そこに含まれる要素・機能など,里山・里海の定義・解釈がきわめて多様であるということに驚きました.最終的にここで議論された結果がどう位置づけられていくかは,来年10月のCBD/COP10以降です.今後も注目していきたいと思います.

もう一つ興味深かったのが,里山里海SGAをどうやって日本国外に向けて発信していくかという議論でした.これについても目からウロコな重要な議論がいくつもありました.これもやはり,CBD/COP10以降の動向が気になります.

3日間の会議の半分くらいは,各章ごとに執筆者と関係者の分科会が行われました.私もとある分科会をお手伝いしつつ議論を聞いていたのですが,なかなか楽しい議論でした.この議論を踏まえて最終的に発行されるレポートがどうなるか,楽しみです.

まだまだ書きたいことがたくさんあるのですが,それらは来年10月のCBD/COP10までのお楽しみ,ということで.

会議が終わった後は,この会議に共同議長・専門家として国連環境計画(UNEP)から来られた2人のゲストを連れて,鳴子温泉に行きました.ここでもいろいろ興味深い話を聞かせてもらいました.話の内容と英語についていくのが大変だったのですが,いい経験をさせてもらいました.

2009年11月18日水曜日

企業のためのやさしくわかる「生物多様性」

昨日,青葉山の生協で企業のためのやさしくわかる「生物多様性」 (エコラボFILE)という本が出版されていたのを見つけたので,とりあえず買ってみました.

生物多様性というと,まだ私たち生態学研究者が使っているようなイメージがあるのですが,この本の著者はいずれもビジネス関連の方です.自然科学の研究者にはない切り口で書かれているので,とても興味深く読みました.

さて,日本でもここ数年,生物多様性への取り組みへの重要性が一部の先進的な企業に認識されてきて,具体的な取り組みも始まっています.来年名古屋で開催される,第10回生物多様性条約締約国会議(CBD-COP10)に向けて,この動きは他の企業にも急速に広がっていくと思われます.

ただ,いくら流行りだからとか社会からのニーズがあるとはいえ,「生物多様性」という言葉すら聞いたことがない企業がいきなり具体的な取り組みをはじめるのは無理があります.コンサルティング会社に丸投げしたり,環境NPOにお金だけ出すのも一つのやり方ではあります.しかし,企業が生物多様性に取り組む本質は,企業が依存している生態系サービスを維持と取り組みによって社会から信頼を得ることにあります(これについてのレポートはここを参照).したがって,企業が生物多様性に取り組むためには,自らの事業と生物多様性・生態系サービスとの関わりを認識することと生物多様性の価値を認識することが不可欠です.

この本は,具体的なデータ・事例を通じて,企業が多様性に取り組む意義,生物多様性と生態系サービスの現状,生物多様性とビジネスの関係などをとても分かりやすく解説しています.特に後半の「ビジネスとどうつながっているのか」という章では,規制やビジネスへのリスクだけでなく,生物多様性をどうビジネスのチャンスにするかという点も書かれていて,非常に興味深いです.日本企業の先進的な事例が紹介されているのいいと思います.

一方で,環境省も生物多様性民間参画ガイドラインを今年の8月に策定し,公表しています.基本的な内容はこの本と同じなのですが,背景が長いわりに具体的な取り組み指針が少ないなど,記述がアンバランスなように感じていました.このガイドラインは,生物多様性に関するものとしては経済界・自然保護団体・科学者の話し合いと合意によって書かれたはじめての文書なのですが,生物多様性に関する理解が十分に浸透していない現状では合意が難しい部分が多かったのでしょう.

日本ではまだ生物多様性の価値・意義が十分に理解されているとは言えませんが,今後急速にニーズが高まっていくことはほぼ間違いないでしょう.そのためには生物多様性に関する情報を充実させていくとと,様々な立場の人が議論を重ねていくことが不可欠です.この本がその先駆けとなることを期待したいと思います.

2009年11月12日木曜日

動的なネットワークと価値の創造,そして連鎖へ

先週末に行われたPEM講義「ソーシャル・レスポンシビリティ学II」の報告のつづきです.

今回の講義には,国内のNPOを代表してアサザ基金代表の飯島博さんが来てくださいました.市民による自然再生の先駆的な事例として有名な霞ヶ浦・北浦アサザプロジェクトをはじめ,アサザ基金は多くの市民参加型運動を展開しています.講義やその後の議論ではこれらの事例にくわえて,「働きかけ」によるネットワークの創造といったアプローチの話からNPO・研究者のあるべき姿に至るまで,とても刺激的な議論が続きました.

この話題についてはPEM一期生のエース:吉野元さんもブログに書いてますので,そちらもあわせて読んでもらえればと思います(http://nocchi39.blog38.fc2.com/blog-entry-227.html).

アサザ基金のアプローチの特徴は,市民が主体のネットワークに様々な立場の組織や人を巻き込み,そこで形成された「場」のなかで課題に取り組んでいくことにあります.一般的なプロジェクトと同じく自然保護の現場においても,まず中心となる組織(行政など)が全体的な課題と具体的な指針を設定して,それにしたがって各人が行動するということが普通だと思います.

それに対してネットワーク型のアプローチでは,中心となる組織やあらかじめ決められた課題は大きな意味を持ちません.その代わりに,ネットワークに参加する人たちが個別の課題へ取り組んでいくことによって新しい価値やつながりが生まれ,次の課題が生まれていきます.このようにネットワークが動的に成長することによって総合化が起こり,全体が動いていくわけです.

では,どうやったら動的に成長していくネットワークを展開できるのでしょうか.飯島さんによれば,そのカギは「価値」「意味」であるとのことです.ネットワークが機能していくためには常に「動き」「流れ」があることが必要なのですが,あらかじめ決められた「課題」のために組織化されたネットワークはやがて硬直化して機能しなくなります.ところが「価値」「意味」を通じてつながっているネットワークはそれによって様々な人や組織とつながり,そこからまた新しい「価値」「意味」が生まれます.このような「良き出会いの連鎖」によって動的に成長していくネットワークが展開されるのです.

講義では小中学校の環境学習を契機に地域のネットワークを立ち上げていった事例をいくつか紹介していただきました.なかでも,霞ヶ浦・北浦アサザプロジェクトはこれまでに200以上の学校・企業・自治体などが参加する壮大な地域ネットワークへと成長していきました.このような成功事例が他の地域にも波及していってほしいものです.

ただ,そこに「価値」「意味」があったとしても,動的に成長していくネットワークを立ち上げて機能させるためには,何かしらの“力”が必要なはずです.私は飯島さん自身が培ってきた価値観や動き方にその“力”を感じました.ネットワークは「共同体」ではなく,「違い」や多様性を飲み込みながら拡がっていくものです.そのためには「異質なものを否定しない」「膨大な多次元の世界へ入る」「壁を溶かす」といった行動ができる価値観と“勇気”が必要でしょう.

制度や利益のしばりを受けにくいNPOは本来,つながりを作っていくための「触媒」であるべきだと,飯島さんは言います.多くのNPOが行政の下請けや補完をしている現状は,「触媒」とはほど遠いものかも知れません.これを変えていくためには,まず「良き出会い」が必要でしょう.行政やNPO自身の価値観や内輪のつながりにとどまることなく,他者との出会いを通じて多様な価値観を受け入れていくことが第一歩であると思います.

保全や問題解決に携わる研究者自身もネットワークの中でどう振る舞うかを考えなければなりません.飯島さんは「精神なき専門人」という警句をもってして,トップダウン的な仕組み作りに向かう研究者を批判していました.この批判は部分的には当たっていると思います.研究者自身が地域とのつながりのなかで新しい「価値」「意味」を創造できるか,あるいは地域の中で研究者がどう位置付けられて機能していくのかを改めて考えてみなければいけないと感じました.

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ところでこの文章,今日の未明から書き始めて夕方にようやく公開することができました.ここまで時間がかかったのは,私の語彙力・文才の無さを差し置いて言えば,「市民参加の動的ネットワーク」という“定まった実態がないもの”について表現することの難しさのせいでしょう.最後にとりあげた研究者自身への課題は,この“定まった実態のないもの”と自身との関係を考えることであると言えます.これを真剣に考えることは,あるいはとても困難なものになるのかも知れません.そこに踏み込む“勇気”があるか,「応用科学」を少しでも標榜している生態学研究者は考えたほうがいいのかも知れません.

2009年11月10日火曜日

持続可能な社会と後ろ向きな問題解決

この週末は生態適応GCOEの人材育成プログラムの一環として,ソーシャル・レスポンシビリティ学IIの講義を仙台で受けてきました.

企業の社会的責任(CSR: Cooperate Social Responsibility)に代表される,社会的“責任”(SR: Socal Resonsibility)とは,「自らと社会・地球環境の関わりを認識し,真に持続可能な社会を作り上げるための活動」を意味しています.今回の講義では,持続可能な社会をどう構築していくかという点について,受講者を交えて興味深い議論が行われたので,その様子を紹介したいと思います.

今回の講義では事前に,国際NGOのThe Natural Stepが開発した持続可能な社会の構築に関するe-learningを行いました.内容は,現状の認識とナチュラルステップが提唱してきた持続可能性の具体的な定義と持続可能性な社会を構築するためのストラテジー,そしてそれを実際に実現した例などです.

ナチュラルステップでは持続可能なシステムを4つの条件によって定義しています.(訳は富田)

  1. 地殻から掘り出した物質(化石燃料・重金属・リン鉱石など)の濃度が増加しないこと
  2. 人間活動に由来する化学物質の濃度が増加しないこと
  3. 自然が人間活動によって劣化させないこと
  4. すべての人が平等に生態系サービスの恩恵を受けられること

これをもとに,将来あるべき状態をまず先に設定し,そこから後ろを振り返ってストラテジーを立てるのが,「バックキャスティング」と呼ばれる考え方です.e-learningではこれらの考え方とその実例を演習問題付きでとても丁寧に説明されていました.また講義では,ナチュラルステップ・ジャパン代表の高見幸子さんが講師として来てくださり,スウェーデンの企業・自治体がバックキャスティングによって持続可能な社会をデザインしてきた実例を紹介していただきました.

ナチュラルステップのアプローチが優れている点は,バックキャスティングという目標設定型のアプローチを取り入れていることよりは,むしろその目標の頑健性にあると思います.

目標が頑健であることは特に,このアプローチが成功するために重要な意味を持っています.目標設定型のアプローチの失敗例として分かりやすいのが,民主党政権になって見直しが進められている一部の公共事業です.公共事業ではあらかじめ,道路の交通量や人口の増加と水需要といった将来の目標を設定したうえで,それを満たすように事業計画を立てます.しかし,それが満たされないと費用対効果の面でその事業は失敗します.環境対策においても同様に,想定外の要因や見積もりの甘さなど,目標の設定ミスによって事業が失敗する例があると思います.

先に述べた4つの原則のうちの最初の3つは,物質循環・生物の代謝・生態系機能の本来あるべき姿を超えないこというとても単純な根拠に基づいて設定されているため,幅広い問題に対して適応が可能で,かつ頑健であると言えます.保全や自然科学に取り組んでいる人ならあるいは,これよりも達成が簡単でより有効な原則を提示することができるかも知れません.しかし,この4つの原則は最善ではないにせよ,状況がどうなってもその意義はほとんど変わりません.

このアプローチは社会システム全体の大きな転換を図るときに特に有効だと,高見さんは考えているようです.大規模な規制や仕組みの転換には,非常に大きな労力と事業間の一貫性が求められることがその理由です.確かにこれは正しいと思います.しかし,目標とストラテジーの設定・実行においては,問題に関わるすべてのステークホルダーが議論し合意することが不可欠です.ナチュラルステップ発祥の地であるスウェーデンでこのアプローチが成功している理由は,スウェーデンの民主主義がとても成熟しており,徹底した情報公開と国民参画の仕組みが出来上がっているからです.

では,日本ではどうでしょうか.今回のPEM講義には前山形県鶴岡市議の草島進一さんが地方自治体で政策に関わってきた立場から講演をしてくださいました.

草島さんはもともと水環境問題から持続可能な社会の構築に興味を持たれたということで,鶴岡市議になる前は,ダム建設の反対運動をやっていたそうです.流域においてダム建設や河川改修のような大規模な事業を行う際には,流域委員会という委員会が設置されて住民や専門家が事業の是非や手法について議論を行うことになっています.ところが実際は,中立的なファシリテーターがいないために国土交通省のシナリオどおり有効な議論がされないまま事業が進められてしまうことがしばしばあるようです.また実際の事業においても,不正確な需要予測にもとづく事業計画がそのまま遂行され,結果として大きなムダや生態系サービスの劣化を招くことがよくあります.

すなわち,地方自治体の事業には目標の設定における議論と合意形成がなく,そもそも頑健な目標を設定するための基準すらないのです.

草島さんはここで,ナチュラルステップの基準を用いて持続可能な社会の構築を議論してこようとしました.保守の地盤が強い鶴岡市で草の根的に活動を展開することは大変なことだったと思います.残念ながら,先月行われた市長選挙に挑戦して落選されたということですが,今後のご活躍に期待したいと思います.

2009年10月6日火曜日

持続可能な熱帯林施業

9月23日から10月4日まで,生態適応GCOEのPEMプログラムの国際フィールド実習で,マレーシア・ボルネオ島(サバ州・サラワク州)へ行ってきました.天然林施業の現場を視察したり,ジャングルで動物や植物を観察したり,現地の行政や企業を視察したりと,盛りだくさんの12日間でした.本当は現地で逐次ブログを更新しようと思っていたのですが,ネットが使えなかったり,コースワークやディスカッションで忙しかったりでできなかったので,レポートの下書きを兼ねて数回にわけてここで様子を報告したいと思います.

実習の前半では,まずサバ州における森林管理指針を学び,持続可能な森林施業の現場を視察しました.今回訪問したDeramakot Forest Reserveはサバ州政府が管理している恒久的な森林保護区(Permanent Forest Reserve)の中でも,持続可能な森林施業体系の構築のためのモデル地区として,ドイツの協力のもとで先進的な森林管理が行われています.それらは,日本はもちろん,欧米を含めた先進国の主要な天然林施業指針よりもさらに生物多様性保全と持続可能な森林施業に配慮していると感じました.

具体的には,伐採が行われる地区では,まず作業道に沿ってすべての伐採対象木(DBH>60cm)について毎木調査とGPSによるマッピングが行われます.その際,オランウータンが利用する樹種や突出木は除外されます(これにもかなり細かいガイドラインがあるようです).伐採率は蓄積のせいぜい数パーセント程度であるとのことでした.伐採・搬出作業においても,作業道では土壌流出や踏み固めの影響が最小限になるような配慮がされ,傾斜が急な個所では架線集材が行われます.伐採後は現地の労働者が森林官が決めた施業方針に沿って作業を行ったかどうか査察が行われます.これらの現状から判断する限り,Deramakotの森林施業指針は生物多様性保全や持続的な資源の利用という観点からきわめて優れていると感じました.

ただし,これまで見てきた日本の森林の現状を思い出して,いくつか気になったこともありました.

まず,Deramakot Forest Reserveの森林施業指針自体は優れているものの,伐採跡地の長期的なモニタリングが不十分であると感じました.私が知る限りですが,北海道の天然林の場合,弱度の択伐は林分の外見や蓄積にはほとんど影響を与えないのですが,地表の環境の変化によって更新がうまくいかなくなったり,大きい個体を選択的に伐採することによって蓄積は変わらなくても個体サイズが小さくなっていくという,林分の“劣化”が起こります.熱帯林の場合はいろいろ事情が違うのだとは思いますが,ここで行われている施業指針が本当に将来の林業生産や生物多様性への影響が少ないのか,より長期的なスパンで検証してほしいものだと思います.

もうひとつ気になったのが,経営面からこのような施業指針を将来にわたって続けることができるのかという点です.伐採前の入念な資源調査,きめ細やかな伐採技術,跡地の査察に加えてFSCの森林認証を取得しているため,Deramakot Forest Reserveでは平均的なサバ州の森林に加えてかなりのコストがかかっていることが容易に想像できます.ところが,ここで伐採された木材の値段は,他の林分とほとんど変わりません.

現状では収支はやや赤字気味のようですが,年度によっては利益がでることもあるそうです.これはおそらく,マレーシアがまだ開発途上国であるために,賃金が安く労働力が豊富であることが理由でしょう.しかし,このような状況はせいぜい10~20年程度しか続かないと思います.マレーシアの経済が成熟して賃金の上昇と高齢化が起こったときに,日本のように林業活動を維持できなくなるのではないかと不安を感じました.

この点について現地の責任者によれば,「我々は政府なのでコストは気にしない」という返答が返ってきて,少しびっくりしました.おそらくこれはモデル地区であるDeramakotだけを意識した発言と考えられるのですが,持続的な森林管理をサバ州やボルネオ島全土へ広めていくためには,経営面でも十分成立することが不可欠でしょう.この点についても今後検討してくことを期待したいと思います.

それと同時に,消費国側でも生物多様性の保全や資源の持続可能な利用に配慮した管理をした森林から伐採された木材に対して,相応の負担をしていくことが必要だろうと痛感しました.現状では,Deramakotのような先進的な管理をされた森林でも,違法伐採された森林でも木材の値段はほとんど変わりません.消費者として,自分たちも熱帯林の生物多様性の保全や資源の持続可能な利用に対して責任を持っていることを,実感しました.

伐採後の捕植
伐採計画図.作業道沿いの伐採対象木がすべてマッピングされている.
査察のために,伐根に個体のナンバーを残す.同じものが材にもついている.

2009年9月24日木曜日

環境の南北問題,人口爆発と少子化,老いていくアジア

ちょっと前の話になるのですが,環境科学研究科で生態適応GCOEのPEM講義「環境マネジメント概論」の前半がありました.環境科学研究科の講義と合同だったのですが,参加者の8割くらいが生態適応GCOEの関係者でした.

前半は生態適応GCOEのPIで環境科学研究科の藤崎成昭先生から「開発と環境」「経済発展・人口成長と資源・環境制約」「日本のODA」という3つのトピックで4コマの講義がありました.お話がやや冗長で理解するのが大変だったのですが,国際的な環境マネジメント,特にアジアを中心とする(現在の定義でいうところの)新興国と先進国のあいだの意識のギャップやその背景についての基本的な事項を確認できたのは収穫でした.ただし,そのギャップをいかに埋めるかという点については講義の中でも少し議論があったのですが,悩ましいところです.

後半は日本総研の大泉啓一郎さんによる,「老いてゆくアジア」と題した講義がありました.経済発展に伴う人口増加から少子高齢化・人口減少にいたるまでの過程において,産業構造や人口の移動がどのように変化していくか,そしてそれに伴う様々な問題を紹介してもらいました.

多くの人にとってはあまり実感がないと思うのですが,紹介されたデータによれば東アジアの新興国・途上国においても確実に少子高齢化は進行していて,あと十数年のうちに多くの国が高齢化社会・高齢社会に突入するすると予測されているそうです.それによって,経済成長の停滞や福祉などの問題が近いうちに起こるとのことなのですが,おそらくそれに気がついている人はあまり多くないと思います.まずは,そういう認識を持つことが重要なのかなと思います.

ちなみにこの内容は同名の著書により詳しく紹介されています.まだ詳しく読んでいないのですが,時間があるときにまた紹介したいと思います.

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上の文章,本当はずっと前に半分くらい書いて,それからしばらく放置していました.いつにも増して出来が悪いのですが,どうかご容赦ください.

今日からGCOEの実習でマレーシアに来ています.ネットが使えるときにでも随時様子をアップしていこうかと思います.