2010年7月15日木曜日

保全の現場に共通するコンセプトはあるのか?

かなり長いあいだブログを書くのをサボっていました.もはや見に来ている人がいるか分かりませんが,今日はちょっと気が向いたので久しぶりにブログを更新しようと思います.最近は,博士論文を書くために保全生物学・遺伝学に関する総説論文や教科書を読みながら,自分の研究の意義についてどちらかと言えば批判的な見地から考えるということをしています.これからしばらく,読んだ論文の中から多くのみなさんに関心を持ってもらえそうなものを選んで,ここで紹介したいと思います.

第一弾として,ちょっと前に生物多様性に配慮した林業の研究などで有名なDavid LindenmayerさんがConservation Biology誌に,保全生物学に関する面白い記事を書いていたので,ここで紹介したいと思います.Lindenmayer and Hunter (2010) Some guiding concept for conservation biology. Conservation Biology, in press. doi: 10.1111/j.1523-1739.2010.01544.x.

1980年前後に,Michael Soulé,Bruce Wilcoxによって提唱されてから現在にいたるまでのわずかな数十年で,保全生物学はひとつの大きな学問領域を成すまでに成長しました.ところが,保全生物学の研究者や保全の現場に携わっている人の多くが認識している通り,保全生物学というのはその場限りの事例研究であることが多く,保全の現場に共通する知見があまり整理されてきませんでした.保全生物学は問題解決の学問なので個別の研究レベルではそれで構わないと思います.しかし,問題解決の大元になる考え方・手法などがバラバラだと,個別の取り組みが保全にとって有効であるかどうか判断ができなくなります.また,政策立案者も実際の意思決定をするときに何を基準にしていいのか分からなくなってしまいます.

この論文の筆者らは,保全の現場に共通するコンセプトとして以下の10点をあげています.また,Society of Conservation Biologyのウェブサイトではこれに関するコメント・ディスカッションを受け付けているようですので,興味のある方はぜひチェックしてもらえればと思います.

  • 1. 保全・マネジメントを成功させるためには,明確なゴールと目的が設定されていなければいけない.保全の目標は,ただ「その場所の生物多様性を保全する」というのではなく,具体的かつ測定可能でなければいけない.また,「ハビタット」「生態系」「野生動物」「閾値」「頑健性」などの用語は,たとえば「トラのハビタット」などのように具体的に定義しなければいけない.
  • 2. 生態系管理の目的は,生物多様性そのものの維持・回復であって,種数を最大化することではない.「種数」は生物多様性のマネジメントでよく使われる指標ではあるが,ある程度健全な生態系のマネジメントではこれを最大化することは適切ではない.すべての種の価値はイコールではなく,それぞれに異なった由来(在来or外来)・生態的な役割・脆弱性・経済的な価値などがあるからだ.
  • 3. 問題解決には,全体的なアプローチが必要である.生物多様性は遺伝子・種・生態系の異なるスケールで構成されているため,その管理もさまざまな時間的・空間的なスケールで行わなければいけない.特定の種と生態系全体のマネジメントは相補的に行われるべきである.また,社会経済的な要素も考慮すべきである.
  • 4. 多様なアプローチを導入することで,多様な環境を創り,失敗のリスクを軽減できる.生物多様性・生態系はとても複雑で不確実性が大きいので,自然のばらつきに収まる範囲で多様なマネジメントを行うことが現実的な解決策と言える.
  • 5. 自然のやり方を模倣することは有用であるが,万能ではない.自然撹乱を模倣することは有用であると考えられているが,きわめて複雑な撹乱レジームや大規模な撹乱を模倣することはできない.
  • 6. 状態ではなく原因に着目しよう,効果と効率を高めよう.その場しのぎの対処療法ではなく,生態系が劣化した原因を改善しなければ保全は失敗する.
  • 7. どんな種・生態系もユニークである,ある程度は.それぞれに合わせた評価・保全がなされるべきではあるけれども,特定の標徴種を抽出したり,異なる事例に共通する法則を見つけることは重要である.
  • 8. 生態系の閾値は重要であるが,すべて同じではない.生態系にはあるポイントを通りすぎると急激に状態が変化して,なかなか元に戻らなくなる「閾値」がある.ただし「閾値」に達する前にそれを予測するのは難しく,またそれらはすべての生態系に共通ではない.
  • 9. 種・生態系に致命的な影響をおよぼすのは,複数の要因の組みあせである.そして,特定の分野に偏った対策もまた種・生態系に負の影響をあたえることがありうる.
  • 10. 人間の価値観は多様で動的である.そして,それが保全への取り組みを決める.保全の取り組みが成功するか否かは,問題設定のやり方に依存する.そして,それらを決める人間の価値観は変わりやすいが,もっともコントロールしやすい.

個別の研究レベルでこれらのすべての原則をフォローすることは不可能でしょう.しかし,1.のようにもっとも基本的な要素でありながら,意外と多くの研究で論じられていない原則もあります.まずは,自分の研究の具体的なゴールは何なのか,もう少し考えてみたいと思います.