2009年11月5日木曜日

ピンチのときこそ勉強を?

昨日は東大で塩漬け論文の執筆再開に向けた打ち合わせをしてきました.1年くらい(!)アタマを冷やしたので,オーバーディスカッションがなくなって,すっきりした論文になりそうです.とりあえず来春の投稿に向けて,時間を見つけて取りかかろうということになりました.

さて,打ち合わせが終わって川渡へ戻ってきたわけですが,まだピンチが続いています.しかし,今日はAmazonから本が届いたので,それを読むことに半日を費やしてしまいました.ピンチのときこそ,不思議といろいろなものに対する知的好奇心が湧くのです.困ったものです.

今回届いたのは,ソニーコンピュータサイエンス研究所から出たオープンシステムサイエンス―原理解明の科学から問題解決の科学へという本です.この本では,まず20世紀科学を支えてきた還元主義の限界を超えて,動的・複合的なシステムの理解と制御を目指す「オープンシステムサイエンス」という新しいパラダイムを提唱し,続いてそれに関連した話題をソニーコンピュータサイエンス研究所の研究者たちがそれぞれ提供しています.

この本,もともとは北野宏明さんの「生物学的ロバストネス」について日本語で勉強したかったので買ったのですが,編者の所眞里雄さんによるオープンシステムサイエンスについての解説がとても面白かったので,ここで紹介したいと思います.

ソニーコンピュータサイエンス研究所でオープンシステムサイエンスが生まれた背景には,近年の様々な問題に対して還元主義による問題解決が対応できなくなってことがあります.エネルギー・環境・食糧などの問題,あるいはガンなどの人体に関する問題はいずれも,「互いに関連する多数のシステムからなる統合システムの問題解決」であるといえます.このような問題は個別のシステムの相互作用を把握することが難しいために,問題を要素に還元して理解することが難しいのです.

還元主義による解決が困難なもう一つの理由は,前述の課題が「問題を生きているまま、あるいは実用に供している形で解決していかなければいけない」という特徴を持っているからです.還元主義では通常,要素に還元して再現性のある形で汎用化することによって問題を理解しようとします.ところが,問題を生きているまま解かなければいけないということは,「一回かぎりの問題を解く」ということになり,抽象化や要素還元が難しくなります.

むしろ,動的に変化していく問題を,全体的(holistic)なアプローチによって解決していくことが必要なのです.

真理探究を目的としたこれまでの科学に対して,オープンシステムサイエンスは個別のシステムが動的に相互作用しているシステム(これを「オープンシステム」と呼ぶ)の問題解決を目的とする新しい学問です.この学問では,個別プロセスの「分析」と「合成」に加えて,「運営」というアプローチが鍵になります.つまり,「常に全体を把握しながらその時間的な変化を理解し、変化に対応し、持続させていく」ということで,具体的には対象とする領域によって「適応」とか「保守」と呼ばれます.

ここまで読んでみて著者の主張に一応納得はしたものの,これが“科学”の手法として成立しうるのかという疑問を一番最初に持ちました.この疑問はトートロジーです.しかし,「統合システムの理解」とか「問題を生きているまま解決」という主張は漠然としすぎているのではないかと思わざるを得ません.

これは私が還元論の対極にある全体論的な科学の手法についてほとんど理解とか経験がないからでしょう.私だけでなく,多くの科学者がそうだと思います.真理の探究を目的とした20世紀の近代科学は,要素還元と抽象化による問題の理解の方法論やその哲学的な位置づけを固めつつあるといえるでしょう.それに対して,全体主義的な科学はそのようなバックグラウンドをほとんど持っていないと思います.

現状でよくみられる非還元主義的な研究の多くは,「記載研究」と呼ばれる原始的な学問の形態をとっていると思います.それに対して,システムの全体的な理解(ここでは「分析」と「合成」)に加えて「制御」による問題解決を目的としている点で,オープンシステムサイエンスという考え方は非還元論的な科学の手法に新たな発展をもたらすものなのかも知れません.まだ所さんと北野さんの章しか読んでいないのですが,この本を読み終わるころにはもう少し理解が深まっていることを期待したいものです.

ちなみに私が現在関わっているプロジェクトのうち,この本を読んで還元論的なアプローチで解けない問題が少なくとも一つあることを改めて実感しました(うすうす気がついてはいました).さて,どうやってこれに取り組んでいこうか,この本が最初の示唆を与えてくれるものであればよいなと思います.

2 件のコメント:

  1. オープンシステムサイエンス・・・初めて聞きました
    中身を知らずに、このログだけ見ると、主張していることは流行の非線形科学と大差が無いのかなーと最初は思ったんですが、どうやら少し違うみたいですね。
    非線形科学は、各要素ではなく集合としての振る舞いを主眼においているらしいので
    (たとえば、個体数変動をロジスティックであらわすことも、その一例。これは捕食圧と言う効果があると仮定しているとしても、捕食者の挙動をモデリングしているわけでも、対象生物のバースレイトが数式に考慮されているわけでもない。つまり要素還元的ではないとも取れる。ネットワーク理論しかり)。

    オープンシステムサイエンスの方が、もっと欲張りなんでしょうか。還元主義も積極的に取り入れて、あれもこれもですからね。

    以前、統合的な学問(一般システム論)の提唱者としてと考えられているベルタランフィの書を買ったのですが、積読状態でした・・・
    このログを読んで、読まなきゃと思う今日この頃です

    オープンシステムサイエンスも機会があれば、勉強してみたいと思います

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  2. 私の理解ですが,オープンシステムサイエンスというのは,多くのサブシステムが複雑・動的に相互作用する系の解析と制御を目指す統合科学だと思います.その点で,ネットワーク理論などをアプローチの一つとして含みうると思います.

    ベルタラインフィの一般システム理論については実はよく知らなかったのですが,この分野の学問の歴史を見るとこれがオープンシステムサイエンスのもとになっているとも感じます.

    これらの前提を踏まえてオープンシステムサイエンスの特徴を一つあげるとすれば,それが動的な系における問題解決を意識している点でしょうか.例えば,ガンの治療などがそれにあたります.

    自分でももうちょっと勉強してみます.全体論的なサイエンスに対して,あまりにも無知だったことをいまさら痛感してます.

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