2009年11月10日火曜日

持続可能な社会と後ろ向きな問題解決

この週末は生態適応GCOEの人材育成プログラムの一環として,ソーシャル・レスポンシビリティ学IIの講義を仙台で受けてきました.

企業の社会的責任(CSR: Cooperate Social Responsibility)に代表される,社会的“責任”(SR: Socal Resonsibility)とは,「自らと社会・地球環境の関わりを認識し,真に持続可能な社会を作り上げるための活動」を意味しています.今回の講義では,持続可能な社会をどう構築していくかという点について,受講者を交えて興味深い議論が行われたので,その様子を紹介したいと思います.

今回の講義では事前に,国際NGOのThe Natural Stepが開発した持続可能な社会の構築に関するe-learningを行いました.内容は,現状の認識とナチュラルステップが提唱してきた持続可能性の具体的な定義と持続可能性な社会を構築するためのストラテジー,そしてそれを実際に実現した例などです.

ナチュラルステップでは持続可能なシステムを4つの条件によって定義しています.(訳は富田)

  1. 地殻から掘り出した物質(化石燃料・重金属・リン鉱石など)の濃度が増加しないこと
  2. 人間活動に由来する化学物質の濃度が増加しないこと
  3. 自然が人間活動によって劣化させないこと
  4. すべての人が平等に生態系サービスの恩恵を受けられること

これをもとに,将来あるべき状態をまず先に設定し,そこから後ろを振り返ってストラテジーを立てるのが,「バックキャスティング」と呼ばれる考え方です.e-learningではこれらの考え方とその実例を演習問題付きでとても丁寧に説明されていました.また講義では,ナチュラルステップ・ジャパン代表の高見幸子さんが講師として来てくださり,スウェーデンの企業・自治体がバックキャスティングによって持続可能な社会をデザインしてきた実例を紹介していただきました.

ナチュラルステップのアプローチが優れている点は,バックキャスティングという目標設定型のアプローチを取り入れていることよりは,むしろその目標の頑健性にあると思います.

目標が頑健であることは特に,このアプローチが成功するために重要な意味を持っています.目標設定型のアプローチの失敗例として分かりやすいのが,民主党政権になって見直しが進められている一部の公共事業です.公共事業ではあらかじめ,道路の交通量や人口の増加と水需要といった将来の目標を設定したうえで,それを満たすように事業計画を立てます.しかし,それが満たされないと費用対効果の面でその事業は失敗します.環境対策においても同様に,想定外の要因や見積もりの甘さなど,目標の設定ミスによって事業が失敗する例があると思います.

先に述べた4つの原則のうちの最初の3つは,物質循環・生物の代謝・生態系機能の本来あるべき姿を超えないこというとても単純な根拠に基づいて設定されているため,幅広い問題に対して適応が可能で,かつ頑健であると言えます.保全や自然科学に取り組んでいる人ならあるいは,これよりも達成が簡単でより有効な原則を提示することができるかも知れません.しかし,この4つの原則は最善ではないにせよ,状況がどうなってもその意義はほとんど変わりません.

このアプローチは社会システム全体の大きな転換を図るときに特に有効だと,高見さんは考えているようです.大規模な規制や仕組みの転換には,非常に大きな労力と事業間の一貫性が求められることがその理由です.確かにこれは正しいと思います.しかし,目標とストラテジーの設定・実行においては,問題に関わるすべてのステークホルダーが議論し合意することが不可欠です.ナチュラルステップ発祥の地であるスウェーデンでこのアプローチが成功している理由は,スウェーデンの民主主義がとても成熟しており,徹底した情報公開と国民参画の仕組みが出来上がっているからです.

では,日本ではどうでしょうか.今回のPEM講義には前山形県鶴岡市議の草島進一さんが地方自治体で政策に関わってきた立場から講演をしてくださいました.

草島さんはもともと水環境問題から持続可能な社会の構築に興味を持たれたということで,鶴岡市議になる前は,ダム建設の反対運動をやっていたそうです.流域においてダム建設や河川改修のような大規模な事業を行う際には,流域委員会という委員会が設置されて住民や専門家が事業の是非や手法について議論を行うことになっています.ところが実際は,中立的なファシリテーターがいないために国土交通省のシナリオどおり有効な議論がされないまま事業が進められてしまうことがしばしばあるようです.また実際の事業においても,不正確な需要予測にもとづく事業計画がそのまま遂行され,結果として大きなムダや生態系サービスの劣化を招くことがよくあります.

すなわち,地方自治体の事業には目標の設定における議論と合意形成がなく,そもそも頑健な目標を設定するための基準すらないのです.

草島さんはここで,ナチュラルステップの基準を用いて持続可能な社会の構築を議論してこようとしました.保守の地盤が強い鶴岡市で草の根的に活動を展開することは大変なことだったと思います.残念ながら,先月行われた市長選挙に挑戦して落選されたということですが,今後のご活躍に期待したいと思います.

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