2009年11月21日土曜日

声を届けたい

ここ1週間くらい,あちらこちらで行政刷新会議の事業仕分け結果への不安・不満が言われています.例えば,私がお世話になっている特別研究員事業は誤解を含むいろいろなコメントがついて,「縮減」の判定を受けました.人ごとなら笑っていられるのでしょうが,自分自身への評価や自分の研究生活そのものに直結することなので,何もしないわけにはいきません.微力ながら私も,文部科学省に対して意見を表明させていただきました.

多くの有識者・当事者が指摘しているとおり今回の事業仕分けにおいては,たった1時間で関連するすべての事業を評価するという手法に問題は多いと感じています.財務省・文科省の双方の担当者が現状の問題点を的確に把握していない(もしくは恣意的に論点を変えた?)ことも,事態を悪化させた要因であると言えます.これが契機となって科学技術関連の予算が大幅に削減されて将来にわたって日本の科学技術力を削いだとしたら,事業仕分けに関わった人たちの責任は大きいでしょう.

しかし,議論の手法に問題はあるものの全体として見れば,この事業仕分けはより成熟した民主主義へ向けた一歩となると私は考えています.財務官僚による論点の誤解・操作があったとしても,評価を行うのは国民の代表です.したがって,ワーキンググループの評価は科学技術への投資に対する国民の感情をある程度反映しているものと考えたほうがよいでしょう.実際,事業仕分けへの意見を表明した人の中には,研究に税金を使うことに対する意味や国民との対話の重要性を再認識した人も少なからずいるようです.

そして,今回の事業仕分けでは議論の過程がすべて公開され,それに対して意見を表明することができるという点も重要です.来年度の予算編成においてワーキンググループの結果はあくまで参考であり,それに対する意見を踏まえたうえで与党が最終的な判断を下します.つまり,ここで意見を表明することが重要なのです.

一昨日の深夜,面倒くさいメールを書きつつビールを飲みながら,何気なくTwitterで事業仕分け関連のタグを眺めていたら,各学会の若手が共同で声明を出すという動きがあるのを知りました.文科省へ多くのパブコメを届けることも重要ですが,同じ立場の人間が集結して声明を出すことは,より大きな影響力を持つことにつながると考えられます.というわけで,さっそくその取りまとめ役の方を紹介していただいて,生態学会からも有志で声明に加わることにしました.幸いにもこの提案をjeconetで流したところ,わずか半日で50名近い方の賛同をいただきました.

朝,メールを見たら,これに関連して25日の事業仕分け会場に若手の有志が集まってマスメディア向けに意見を表明する旨のプレスリリース(!)が届きました.私は行けませんが,少しでも国民のみなさんに若手研究者の声が届くよう,微力ながらお手伝いさせていただきたいと思います.

2009年11月20日金曜日

事業仕分けへの意見2(女性研究者支援)

Twitterやここで「女性研究者支援へのパブコメが少ない」という情報が流れていたので,急きょコメントをしたためて送りました.文章が荒っぽくて,おまけに一点ロジックが通らない部分があるのですが,鍵となる主張にはさほど影響しません.むしろ,多くの声が届くことが必要なのだと思います.一応,ここで公開します.

行政刷新会議担当
副大臣  中川正春 様
政務官  後藤 斎 様

行政刷新会議仕分け対象事業のうち,事業番号39:科学技術振興調整費(女性研究者支援システム改革)について意見を提出します.

標記事業につきましては,「予算要求の縮減(1/3程度)」という評価がなされましたが,私は科学技術振興政策においてもとりわけ女性研究者支援については緊縮財政課下においても優先的に予算を配分すべきであると考えます.それは来るべき高齢社会においては労働人口の低下は避けられず,科学技術分野への女性の参画を加速することが不可欠であるからです.

第3期科学技術基本計画において,女性研究者の採用割合を「自然科学系全体として25%(理学系20%、工学系15%、農学系30%、保健系30%)」とする数値目標が設定されましたが,現状では研究者に占める女性の割合は全体でわずか13%程度にすぎません.

数値目標はおおむね新規に博士号を取得した女性の割合を基準に設定されているため,目標と現実の差は優秀な女性が科学技術業界から流出していることを意味しています.このギャップを埋めることは,次世代を担う科学者の育成において急務であると言えます.

公表されている評価者のコメントを読む限り,女性研究者への生活支援は認めるものの,以下のように研究費への支援を「過大」「逆差別」と考えておられる委員が多いように思えます.

  • 「保育所の設置に限定するなら良いが、研究費は余分」
  • 「女性研究者に過大な補助金を与えるのは逆差別になりかねない」
  • 「支援は重要だ。研究費をつけるという支援の仕方はいけない」

私は研究費等の支援を「過大」とは考えません.研究者の評価基準のうちの重要な要素が研究費の獲得額である現状を踏まえば,女性研究者へ優先的に研究費を配分することは,より高い職位への女性の登用を促し,長期的に女性研究者全体の割合の向上へつながります.

女性への研究費等の支援が「逆差別」ということは,事例のレベルではあるかも知れません.しかし,そもそも学位取得者に対して女性の常勤的な研究職への登用が少ないこと,より高い職位への登用が少ないことを考えれば,全体として女性の立場が低いことは明らかです.

以上の理由から私は,研究者育成政策において積極的な女性研究者への支援が不可欠であり,急務であると主張します.


富田 基史

東北大学大学院農学研究科
日本学術振興会特別研究員(DC)

2009年11月19日木曜日

事業仕分けに対する文部科学省への意見

ブログやTwitterでの議論を見ていると,すでに何人かの方が文部科学省へパブコメを送ったようですね.パブコメを送るべきか,あるいは送りたいんだけどうまく書けないという方のために,私がこれから送ろうと思っている文面を下書きを兼ねて公開します.私の意見に関するコメントも歓迎します.

文部科学副大臣 中川正春 様
担当政務官 後藤斎 様

行政刷新会議事業仕分け対象事業のうち,特別研究員事業(競争的資金(若手研究育成))の縮減について意見を提出します.

今回の事業仕分けに際しては様々な意見があったと思いますが,特別研究員事業などの人材育成に関わる事業については拙速な削減をすべきでないと考えます.

ウェブサイト上で公開された評価コメントを読むかぎり,多くのWG委員が特別研究員事業は人材育成事業としてうまく機能しておらず,むしろ“余剰博士問題”の根源であると考えておられるに思えます.このような批判は以前から行政・学術業界で指摘されており,それを受けてテニュアトラック制度やキャリアパス多様化事業などの事業がいま行われているところです.したがって,(やや誤解や他の制度との混同があるものの)評価コメントにあった「博士養成に関する見直しが必要」であるという意見には原則的に同意します.

しかしながら,特別研究員事業がうまく機能していないことが縮減の理由であるなら,来年度予算において大幅な削減を行うべきではないと,私は強く主張します.その理由は,特別研究員事業が多くの学術分野において最大の若手育成事業であるからです.予算額の削減は特別研究員に採用される人数の削減に直結するため,大幅な削減は数年にわたって博士と将来活躍すべき人材の空洞化を招きます.これは研究者を目指す有望な若手にとって大きな失望であるばかりか,将来の日本の科学技術力の低下につながる恐れがあります.

若手人材育成事業である特別研究員事業については,制度の見直しと予算の削減は別個の問題として扱うべきです.


富田基史

東北大学大学院農学研究科 博士課程後期
日本学術振興会特別研究員(DC)

2009年11月18日水曜日

企業のためのやさしくわかる「生物多様性」

昨日,青葉山の生協で企業のためのやさしくわかる「生物多様性」 (エコラボFILE)という本が出版されていたのを見つけたので,とりあえず買ってみました.

生物多様性というと,まだ私たち生態学研究者が使っているようなイメージがあるのですが,この本の著者はいずれもビジネス関連の方です.自然科学の研究者にはない切り口で書かれているので,とても興味深く読みました.

さて,日本でもここ数年,生物多様性への取り組みへの重要性が一部の先進的な企業に認識されてきて,具体的な取り組みも始まっています.来年名古屋で開催される,第10回生物多様性条約締約国会議(CBD-COP10)に向けて,この動きは他の企業にも急速に広がっていくと思われます.

ただ,いくら流行りだからとか社会からのニーズがあるとはいえ,「生物多様性」という言葉すら聞いたことがない企業がいきなり具体的な取り組みをはじめるのは無理があります.コンサルティング会社に丸投げしたり,環境NPOにお金だけ出すのも一つのやり方ではあります.しかし,企業が生物多様性に取り組む本質は,企業が依存している生態系サービスを維持と取り組みによって社会から信頼を得ることにあります(これについてのレポートはここを参照).したがって,企業が生物多様性に取り組むためには,自らの事業と生物多様性・生態系サービスとの関わりを認識することと生物多様性の価値を認識することが不可欠です.

この本は,具体的なデータ・事例を通じて,企業が多様性に取り組む意義,生物多様性と生態系サービスの現状,生物多様性とビジネスの関係などをとても分かりやすく解説しています.特に後半の「ビジネスとどうつながっているのか」という章では,規制やビジネスへのリスクだけでなく,生物多様性をどうビジネスのチャンスにするかという点も書かれていて,非常に興味深いです.日本企業の先進的な事例が紹介されているのいいと思います.

一方で,環境省も生物多様性民間参画ガイドラインを今年の8月に策定し,公表しています.基本的な内容はこの本と同じなのですが,背景が長いわりに具体的な取り組み指針が少ないなど,記述がアンバランスなように感じていました.このガイドラインは,生物多様性に関するものとしては経済界・自然保護団体・科学者の話し合いと合意によって書かれたはじめての文書なのですが,生物多様性に関する理解が十分に浸透していない現状では合意が難しい部分が多かったのでしょう.

日本ではまだ生物多様性の価値・意義が十分に理解されているとは言えませんが,今後急速にニーズが高まっていくことはほぼ間違いないでしょう.そのためには生物多様性に関する情報を充実させていくとと,様々な立場の人が議論を重ねていくことが不可欠です.この本がその先駆けとなることを期待したいと思います.

2009年11月17日火曜日

「日本の林業の問題点」って言われても・・・

先日,民間企業で働いている大学時代の友人から「日本の林業の問題点が平易に分かる入門書や資料集ないかなぁ」というメールが来ました.

日本の林業が抱える様々な問題については,私のみならず多くの心ある森林研究者が憂いでいるところです.しかし,それらの論点が簡潔にまとめられている本って言われても,具体的な書名が思い浮かびません.

学部のときに森林政策学に関連する授業をいくつか履修していたのですが,教科書を買ったことがなく,ほとんどが先生の手作りの資料やテキストでした.中にはA4で100ページ近くになるものもあり,授業のためだけによくこんなものを作ったなぁと感心してしまうものもありました.

結局,手元にあった本の中で友人の要望にこたえられそうなものは,林野庁が毎年出している森林・林業白書―低炭素社会を創る森林〈平成21年版〉だけでした.

これで日本の林業が抱えている問題点がきちんと理解できるのかは不明ですが,挿絵がたくさんあって,大きな字・簡潔な日本語で書かれていることだけは間違いありません.中学生でも楽に読めます.

私の勉強不足なのかもしれませんが,日本の林業が非常に多くの問題を抱えている状況において,林業の問題点を総合的に論じた本がないというのは,ある意味日本の森林学会の怠慢と言えるのかも知れません.どうかこれが私の無知による誤解であることを,祈りたいと思います.

私自身は自分が出来る範囲で日本の林業が抱えている問題点を他の研究者と共有する機会を持ちたいと考えています.来年の森林学会大会では,「環境変化と樹木の保全」と題した小さい国際ワークショップを開催します.講演者は少ないですが,日本の森林学会に向けて少しでも問題提起をしていきたいと思っています.

2009年11月16日月曜日

意見を言わなきゃ!

さきほどのエントリの前半のほうでふて腐れたこと書いてしまいましたが,細さんをはじめ多くのみなさんがネット上で立ち上がろうとしているのを見て,自分もアクションを起こすことにしました.

文部科学省では事業仕訳結果を踏まえた予算編成の前に,パブリックコメントを募集しています.ここで,すでに仕訳結果が出た事業に対して意見を述べることができます.ひとつひとつの意見は大したことないかもしれませんが,科学者(特に若手)から多くの意見が集まることによって,財務省主計局との予算折衝において後ろ盾となることを期待したいです.

以下の窓口から民主党や第3WG委員の国会議員へ意見を述べることができます.グローバルCOEなどの大型予算の査定がまだ控えています.相手にしてもらえるかは別として,急いで意見を送ったほうがよさそうです.

next49さんが意見を述べる際に気をつけるべきことを書いています.私を含め,パブコメ初心者は読んでおいたほうがいいでしょう.

「仕訳け」られた・・・

先週の金曜日に,行政刷新会議の第3ワーキンググループにおいて,文科省の競争的資金(若手研究)の事業仕訳が行われ,「予算要求の縮減(予算計上見送り1名 予算要求の縮減10名(a 半額3名、b1/3縮減 3名、その他4名)予算要求通り2名)」という極めて厳しい評価が下されました.私を含めて多くの大学院生・若手研究者がお世話になっている特別研究員事業もこれに含まれています.(委員のコメントと評決は,http://www.cao.go.jp/sasshin/oshirase/h-kekka/pdf/nov13kekka/3-21.pdfを参照のこと)

「子供手当の支給」「高等学校の授業料無料化」などの公約を掲げて先の選挙で民主党が政権をとってから,こうなる日が来るだろうとは思っていました.華々しい政策転換の一方で,高等教育の充実や科学技術振興への言及が民主党の公約にほとんど見られないからです.そして圧倒的多数の国民は民主党を選びました.これが国民の意思です.したがって,今回の事業仕訳で若手人材育成や先端研究が軒並み削減の判定を受けたのは,総選挙からの既定路線であると言えるでしょう.むしろ私たち科学者はこの事態に気付くのが遅すぎたくらいだと,自戒をこめて思います.

とりあえず,私たちは敗北しました.残念です.

国民に対して科学研究,特に基礎研究の意義や長期的な視座にたった人材育成の意義を訴えることを,これまで私たちはおろそかにしていました.もはや鼻で笑いたくなってしまうほど儚い言葉に聞こえてしまう「科学技術立国・日本」が,先人たちの数十年にも及び地道な基礎研究の積み重ねによって創られてきたとしても,それを国民が知らなければ基礎研究なんて道楽と一緒です.ましてその道楽に日本のインテリジェンスを投資するなんて言語道断.WG委員の誰かが指摘していたように,民間で活躍してもらったほうがよほどマシです.もし運よく私がこの世界にとどまっていたら,今回の教訓を胸にアウトリーチ活動とかをもうちょっと真面目にやろうと思います.

しかし,自分自身が「事業仕訳」のまな板に乗せられて裁かれる身になってみると,そう悠長なことも言ってられません.落ち武者の身においても,まだ命があるなら一矢報いねばなりません.午前中は急ぎの仕事を棚上げにして(…ゴメン),何人かの人とこの件について意見を交換していました.いろんな人のブログやjeconetでの細さんの投稿を皮きりとした議論を見ている限り,学会が連帯して何らかのアクションを起こすように動いているのだと思います.すでに手遅れかも知れませんが,何もしないよりはマシです.

評議委員のコメントを読んでいると,WGの中に若手研究者の実情や人材育成の意義を正しく理解していない委員が少なからずいることが容易に分かります.また,「若手研究者が安定して働き研究できる場所を見つけるための国の政策を若手にこだわらず再構築。」「若手研究者の問題は政治の問題でもあるので、十分な見直しが必要。」といった査定に関係ないコメントが前後の文脈を省略されて掲載されていて,ペラ一枚で「再構築」「十分な見直し」という言葉だけが恣意的に強調されているのではないかとさえ勘ぐってしまいます.

若手研究は大幅な削減判定を受けてしまいましたが,まだグローバルCOEグローバル30大学院GPなどの大型教育研究予算の査定が残っています.

この時点でWGの委員や与党に対して何らかのアクションを起こさなければ,残りの事業も同じような判定を受けてしまいます.時間がありません.

ちなみに委員の名簿(案:最終ではないです)は以下の通りです.(行政刷新会議第2回資料より)

  • 田嶋 要 (衆議院議員)
  • 蓮舫 (参議院議員)
  • 赤井 伸郎 (大阪大学大学院国際公共政策研究科准教授)
  • 荒井 英明 (厚木市職員)
  • 小幡 純子 (上智大学法科大学院長)
  • 金田 康正 (東京大学大学院教授)
  • 伊永 隆史 (首都大学東京教授)
  • 高田 創 (みずほ証券金融市場調査部長チーフストラテジスト)
  • 高橋 進 ((株)日本総合研究所副理事長)
  • 中村 桂子 (JT生命誌研究館館長)
  • 永久 寿夫 (PHP総合研究所常務取締役)
  • 西寺 雅也 (山梨学院大学法学部政治行政学科教授)
  • 原田 泰 ((株)大和総研 常務理事チーフエコノミスト)
  • 速水 亨 (速水林業代表)
  • 藤原 和博 (東京学芸大学客員教授/大阪府知事特別顧問)
  • 星野 朝子 (日産自動車(株) 執行役員市場情報室長)
  • 松井 孝典 (東京大学名誉教授)
  • 南 学 (横浜市立大学エクステンションセンター長)
  • 山内 敬 (前高島市副市長/高島一徹堂顧問)
  • 吉田 誠 (三菱商事(株) 生活産業グループ次世代事業開発ユニット農業・地域対応チーム シニアアドバイザー)
  • 渡辺 和幸 (経営コンサルタント/(株)水族館文庫代表取締役)

今後しばらく民主党が政権与党の座にいて彼らの科学技術政策への考え方が変わらないなら,私は研究者を続けることができなくなるかも知れません.個人的には研究者を続けられないことをあまり深刻に考えてはいないのですが,若手の中には「梯子を外」されて路頭に迷ってしまう人も多数いると思います.何よりもこの時点で人材育成への投資をやめてしまうことは長期にわたって日本の科学技術分野における国際競争力を削ぐことになります.日本の科学技術の,そして自分自身の将来に少しでも不安や問題を感じているなら,何かアクションを起こしましょう.

ちなみにこの件に関しては,東北大学脳科学GCOEリーダーの大隅典子先生がコメントを募集しています.

2009年11月12日木曜日

動的なネットワークと価値の創造,そして連鎖へ

先週末に行われたPEM講義「ソーシャル・レスポンシビリティ学II」の報告のつづきです.

今回の講義には,国内のNPOを代表してアサザ基金代表の飯島博さんが来てくださいました.市民による自然再生の先駆的な事例として有名な霞ヶ浦・北浦アサザプロジェクトをはじめ,アサザ基金は多くの市民参加型運動を展開しています.講義やその後の議論ではこれらの事例にくわえて,「働きかけ」によるネットワークの創造といったアプローチの話からNPO・研究者のあるべき姿に至るまで,とても刺激的な議論が続きました.

この話題についてはPEM一期生のエース:吉野元さんもブログに書いてますので,そちらもあわせて読んでもらえればと思います(http://nocchi39.blog38.fc2.com/blog-entry-227.html).

アサザ基金のアプローチの特徴は,市民が主体のネットワークに様々な立場の組織や人を巻き込み,そこで形成された「場」のなかで課題に取り組んでいくことにあります.一般的なプロジェクトと同じく自然保護の現場においても,まず中心となる組織(行政など)が全体的な課題と具体的な指針を設定して,それにしたがって各人が行動するということが普通だと思います.

それに対してネットワーク型のアプローチでは,中心となる組織やあらかじめ決められた課題は大きな意味を持ちません.その代わりに,ネットワークに参加する人たちが個別の課題へ取り組んでいくことによって新しい価値やつながりが生まれ,次の課題が生まれていきます.このようにネットワークが動的に成長することによって総合化が起こり,全体が動いていくわけです.

では,どうやったら動的に成長していくネットワークを展開できるのでしょうか.飯島さんによれば,そのカギは「価値」「意味」であるとのことです.ネットワークが機能していくためには常に「動き」「流れ」があることが必要なのですが,あらかじめ決められた「課題」のために組織化されたネットワークはやがて硬直化して機能しなくなります.ところが「価値」「意味」を通じてつながっているネットワークはそれによって様々な人や組織とつながり,そこからまた新しい「価値」「意味」が生まれます.このような「良き出会いの連鎖」によって動的に成長していくネットワークが展開されるのです.

講義では小中学校の環境学習を契機に地域のネットワークを立ち上げていった事例をいくつか紹介していただきました.なかでも,霞ヶ浦・北浦アサザプロジェクトはこれまでに200以上の学校・企業・自治体などが参加する壮大な地域ネットワークへと成長していきました.このような成功事例が他の地域にも波及していってほしいものです.

ただ,そこに「価値」「意味」があったとしても,動的に成長していくネットワークを立ち上げて機能させるためには,何かしらの“力”が必要なはずです.私は飯島さん自身が培ってきた価値観や動き方にその“力”を感じました.ネットワークは「共同体」ではなく,「違い」や多様性を飲み込みながら拡がっていくものです.そのためには「異質なものを否定しない」「膨大な多次元の世界へ入る」「壁を溶かす」といった行動ができる価値観と“勇気”が必要でしょう.

制度や利益のしばりを受けにくいNPOは本来,つながりを作っていくための「触媒」であるべきだと,飯島さんは言います.多くのNPOが行政の下請けや補完をしている現状は,「触媒」とはほど遠いものかも知れません.これを変えていくためには,まず「良き出会い」が必要でしょう.行政やNPO自身の価値観や内輪のつながりにとどまることなく,他者との出会いを通じて多様な価値観を受け入れていくことが第一歩であると思います.

保全や問題解決に携わる研究者自身もネットワークの中でどう振る舞うかを考えなければなりません.飯島さんは「精神なき専門人」という警句をもってして,トップダウン的な仕組み作りに向かう研究者を批判していました.この批判は部分的には当たっていると思います.研究者自身が地域とのつながりのなかで新しい「価値」「意味」を創造できるか,あるいは地域の中で研究者がどう位置付けられて機能していくのかを改めて考えてみなければいけないと感じました.

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ところでこの文章,今日の未明から書き始めて夕方にようやく公開することができました.ここまで時間がかかったのは,私の語彙力・文才の無さを差し置いて言えば,「市民参加の動的ネットワーク」という“定まった実態がないもの”について表現することの難しさのせいでしょう.最後にとりあげた研究者自身への課題は,この“定まった実態のないもの”と自身との関係を考えることであると言えます.これを真剣に考えることは,あるいはとても困難なものになるのかも知れません.そこに踏み込む“勇気”があるか,「応用科学」を少しでも標榜している生態学研究者は考えたほうがいいのかも知れません.

2009年11月10日火曜日

持続可能な社会と後ろ向きな問題解決

この週末は生態適応GCOEの人材育成プログラムの一環として,ソーシャル・レスポンシビリティ学IIの講義を仙台で受けてきました.

企業の社会的責任(CSR: Cooperate Social Responsibility)に代表される,社会的“責任”(SR: Socal Resonsibility)とは,「自らと社会・地球環境の関わりを認識し,真に持続可能な社会を作り上げるための活動」を意味しています.今回の講義では,持続可能な社会をどう構築していくかという点について,受講者を交えて興味深い議論が行われたので,その様子を紹介したいと思います.

今回の講義では事前に,国際NGOのThe Natural Stepが開発した持続可能な社会の構築に関するe-learningを行いました.内容は,現状の認識とナチュラルステップが提唱してきた持続可能性の具体的な定義と持続可能性な社会を構築するためのストラテジー,そしてそれを実際に実現した例などです.

ナチュラルステップでは持続可能なシステムを4つの条件によって定義しています.(訳は富田)

  1. 地殻から掘り出した物質(化石燃料・重金属・リン鉱石など)の濃度が増加しないこと
  2. 人間活動に由来する化学物質の濃度が増加しないこと
  3. 自然が人間活動によって劣化させないこと
  4. すべての人が平等に生態系サービスの恩恵を受けられること

これをもとに,将来あるべき状態をまず先に設定し,そこから後ろを振り返ってストラテジーを立てるのが,「バックキャスティング」と呼ばれる考え方です.e-learningではこれらの考え方とその実例を演習問題付きでとても丁寧に説明されていました.また講義では,ナチュラルステップ・ジャパン代表の高見幸子さんが講師として来てくださり,スウェーデンの企業・自治体がバックキャスティングによって持続可能な社会をデザインしてきた実例を紹介していただきました.

ナチュラルステップのアプローチが優れている点は,バックキャスティングという目標設定型のアプローチを取り入れていることよりは,むしろその目標の頑健性にあると思います.

目標が頑健であることは特に,このアプローチが成功するために重要な意味を持っています.目標設定型のアプローチの失敗例として分かりやすいのが,民主党政権になって見直しが進められている一部の公共事業です.公共事業ではあらかじめ,道路の交通量や人口の増加と水需要といった将来の目標を設定したうえで,それを満たすように事業計画を立てます.しかし,それが満たされないと費用対効果の面でその事業は失敗します.環境対策においても同様に,想定外の要因や見積もりの甘さなど,目標の設定ミスによって事業が失敗する例があると思います.

先に述べた4つの原則のうちの最初の3つは,物質循環・生物の代謝・生態系機能の本来あるべき姿を超えないこというとても単純な根拠に基づいて設定されているため,幅広い問題に対して適応が可能で,かつ頑健であると言えます.保全や自然科学に取り組んでいる人ならあるいは,これよりも達成が簡単でより有効な原則を提示することができるかも知れません.しかし,この4つの原則は最善ではないにせよ,状況がどうなってもその意義はほとんど変わりません.

このアプローチは社会システム全体の大きな転換を図るときに特に有効だと,高見さんは考えているようです.大規模な規制や仕組みの転換には,非常に大きな労力と事業間の一貫性が求められることがその理由です.確かにこれは正しいと思います.しかし,目標とストラテジーの設定・実行においては,問題に関わるすべてのステークホルダーが議論し合意することが不可欠です.ナチュラルステップ発祥の地であるスウェーデンでこのアプローチが成功している理由は,スウェーデンの民主主義がとても成熟しており,徹底した情報公開と国民参画の仕組みが出来上がっているからです.

では,日本ではどうでしょうか.今回のPEM講義には前山形県鶴岡市議の草島進一さんが地方自治体で政策に関わってきた立場から講演をしてくださいました.

草島さんはもともと水環境問題から持続可能な社会の構築に興味を持たれたということで,鶴岡市議になる前は,ダム建設の反対運動をやっていたそうです.流域においてダム建設や河川改修のような大規模な事業を行う際には,流域委員会という委員会が設置されて住民や専門家が事業の是非や手法について議論を行うことになっています.ところが実際は,中立的なファシリテーターがいないために国土交通省のシナリオどおり有効な議論がされないまま事業が進められてしまうことがしばしばあるようです.また実際の事業においても,不正確な需要予測にもとづく事業計画がそのまま遂行され,結果として大きなムダや生態系サービスの劣化を招くことがよくあります.

すなわち,地方自治体の事業には目標の設定における議論と合意形成がなく,そもそも頑健な目標を設定するための基準すらないのです.

草島さんはここで,ナチュラルステップの基準を用いて持続可能な社会の構築を議論してこようとしました.保守の地盤が強い鶴岡市で草の根的に活動を展開することは大変なことだったと思います.残念ながら,先月行われた市長選挙に挑戦して落選されたということですが,今後のご活躍に期待したいと思います.

2009年11月5日木曜日

ピンチのときこそ勉強を?

昨日は東大で塩漬け論文の執筆再開に向けた打ち合わせをしてきました.1年くらい(!)アタマを冷やしたので,オーバーディスカッションがなくなって,すっきりした論文になりそうです.とりあえず来春の投稿に向けて,時間を見つけて取りかかろうということになりました.

さて,打ち合わせが終わって川渡へ戻ってきたわけですが,まだピンチが続いています.しかし,今日はAmazonから本が届いたので,それを読むことに半日を費やしてしまいました.ピンチのときこそ,不思議といろいろなものに対する知的好奇心が湧くのです.困ったものです.

今回届いたのは,ソニーコンピュータサイエンス研究所から出たオープンシステムサイエンス―原理解明の科学から問題解決の科学へという本です.この本では,まず20世紀科学を支えてきた還元主義の限界を超えて,動的・複合的なシステムの理解と制御を目指す「オープンシステムサイエンス」という新しいパラダイムを提唱し,続いてそれに関連した話題をソニーコンピュータサイエンス研究所の研究者たちがそれぞれ提供しています.

この本,もともとは北野宏明さんの「生物学的ロバストネス」について日本語で勉強したかったので買ったのですが,編者の所眞里雄さんによるオープンシステムサイエンスについての解説がとても面白かったので,ここで紹介したいと思います.

ソニーコンピュータサイエンス研究所でオープンシステムサイエンスが生まれた背景には,近年の様々な問題に対して還元主義による問題解決が対応できなくなってことがあります.エネルギー・環境・食糧などの問題,あるいはガンなどの人体に関する問題はいずれも,「互いに関連する多数のシステムからなる統合システムの問題解決」であるといえます.このような問題は個別のシステムの相互作用を把握することが難しいために,問題を要素に還元して理解することが難しいのです.

還元主義による解決が困難なもう一つの理由は,前述の課題が「問題を生きているまま、あるいは実用に供している形で解決していかなければいけない」という特徴を持っているからです.還元主義では通常,要素に還元して再現性のある形で汎用化することによって問題を理解しようとします.ところが,問題を生きているまま解かなければいけないということは,「一回かぎりの問題を解く」ということになり,抽象化や要素還元が難しくなります.

むしろ,動的に変化していく問題を,全体的(holistic)なアプローチによって解決していくことが必要なのです.

真理探究を目的としたこれまでの科学に対して,オープンシステムサイエンスは個別のシステムが動的に相互作用しているシステム(これを「オープンシステム」と呼ぶ)の問題解決を目的とする新しい学問です.この学問では,個別プロセスの「分析」と「合成」に加えて,「運営」というアプローチが鍵になります.つまり,「常に全体を把握しながらその時間的な変化を理解し、変化に対応し、持続させていく」ということで,具体的には対象とする領域によって「適応」とか「保守」と呼ばれます.

ここまで読んでみて著者の主張に一応納得はしたものの,これが“科学”の手法として成立しうるのかという疑問を一番最初に持ちました.この疑問はトートロジーです.しかし,「統合システムの理解」とか「問題を生きているまま解決」という主張は漠然としすぎているのではないかと思わざるを得ません.

これは私が還元論の対極にある全体論的な科学の手法についてほとんど理解とか経験がないからでしょう.私だけでなく,多くの科学者がそうだと思います.真理の探究を目的とした20世紀の近代科学は,要素還元と抽象化による問題の理解の方法論やその哲学的な位置づけを固めつつあるといえるでしょう.それに対して,全体主義的な科学はそのようなバックグラウンドをほとんど持っていないと思います.

現状でよくみられる非還元主義的な研究の多くは,「記載研究」と呼ばれる原始的な学問の形態をとっていると思います.それに対して,システムの全体的な理解(ここでは「分析」と「合成」)に加えて「制御」による問題解決を目的としている点で,オープンシステムサイエンスという考え方は非還元論的な科学の手法に新たな発展をもたらすものなのかも知れません.まだ所さんと北野さんの章しか読んでいないのですが,この本を読み終わるころにはもう少し理解が深まっていることを期待したいものです.

ちなみに私が現在関わっているプロジェクトのうち,この本を読んで還元論的なアプローチで解けない問題が少なくとも一つあることを改めて実感しました(うすうす気がついてはいました).さて,どうやってこれに取り組んでいこうか,この本が最初の示唆を与えてくれるものであればよいなと思います.

2009年11月2日月曜日

データとコードの発掘を

明日は東大で塩漬けにしてしていた論文の投稿に向けた打ち合わせがあるので,今日はその準備をしています.この論文,もともとは他大学の卒論生のデータ解析をお手伝いしたのをきっかけに,共著者として加わることになったのですが,他の仕事が忙しかったりでかれこれ2年以上ほとんど進捗がないまま放置していました.

これだけ仕事を放置すると,データを点検したり図を描いたりするだけでも,一苦労です.まず,昔の自分が描いたコードが読めない,ファイルのフォーマットがバラバラ,そしてなによりもデータやソースコードが見つからない…

昨日から発掘作業をはじめて,今日のお昼にようやくデータ解析ができるようになりました.データを点検して,昔の解析の不十分だったところを直して,図をきれいに描き直してとやっていたら,真夜中までかかってしまいしました.まだ頼まれた部分が完ぺきに終わったわけではないのですが,論文の構成に関しても打ち合わせなければいけないので,これから必要な論文をチェックせねばです.アウトラインは東京に行く新幹線の中で考えることになるでしょうか.

ここ最近,いろいろな仕事がたまっていて,毎日締め切りに追われるように生きています.時間管理がなっていないというのは分かっているのですが,なかなかうまくいかないものです.