2009年7月20日月曜日

トキの本州飛来に思う

今日の夜,新潟の実家にいる父から「うちの近所にトキが来てて,今日は姿を見れたよ!!」という,とてもうれしそうなメールが来ました.ただ,生態学とは縁のない父には申し訳ないのですが,佐渡島に放鳥されたトキが本州に飛来してその地元が騒いでいるニュースを聞くたびに,少し残念な気持ちになります.

佐渡島では「およそ10年後(2015年頃)に小佐渡東部に60羽」(※平成16年1月29日付の計画)のトキが定着することを目指して何年もかけて水田の環境整備などの自然再生事業に取り組んでおり,その一環として昨年の9月25日に10羽が試験的に放鳥されました.そして残念ながら,今年は放鳥した5羽のメスがすべて本州に渡ってしまい,野外での繁殖はできませんでした.今年は昨年の倍にあたる20羽を放鳥して,佐渡での群れの形成と繁殖を試みるということなので,少しでもその試みがうまくいくこと,あるいは本当に野生復帰が可能なのかという判断をするためのデータが蓄積していくことを期待したいと思います.

ところで,本州に飛来した5羽がすべてメスだったことから,トキはメス分散ということなります.また,佐渡島に近い新潟県だけでなく,富山県や宮城県などでも姿が目撃されていることなら,単独でもかなり高い分散能力を持っていることが分かります.これらはトキを佐渡島に定着させることがいかに難しいかを物語っています.

本州に飛来したメスは繁殖に参加することなく,いずれ死ぬことになるでしょう.今年はメスを少し多めに放つ予定ということなので,今年の冬から来年にかけてまた何羽かのトキを本州で見ることができ,さらに多くの人を喜ばせることになると思います.しかし,その中でトキを放鳥した経緯や彼らの末路について考えたことがある人は果たしてどれいくらいいるのでしょうか.

うちの近くでトキを見かけたら,たぶん私も父のように興奮していろんな人に自慢するとは思います.しかし,少なくとも富山県黒部市のように自治体が飛来したトキに住民票を発行するというような浮かれた気持にはならないと思います.

本州に飛来するトキは,動物園のパンダのようなアイドルでも地方自治体のアピール材料でも決してありません.その背景には,トキの野生復帰と自然再生に向けたさまざまな議論・葛藤・努力,そしてトキを野生復帰させることのむずかしさがあります.彼らはいわば,それらの一連の問題の当事者であり象徴であるわけです.(その他にも本当にいろいろドロドロした問題があるのでしょうが,ここでは触れないことにします)

どうか,本州に飛来したトキを見かけた人は「珍しいものを見た」という感想だけでなく,彼らの野生復帰や自然再生について少しでも思いをはせて欲しいものです.夕方のローカルニュースでもちょっとくらいは触れて欲しいですね.

2 件のコメント:

  1. トキの飛来した村や町では大騒ぎでニュースにもなりますが、パンダのようなアイドルの来客によって緊張感も漂うようです。トキにもしものことがあれば、と寝る暇もなくなってしまうとか。珍しいもの=厄介者、これもまた私としては複雑な心境になります。

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  2. コメントありがとうございます.トキの飛来で「緊張感が漂う」とは,私には想像もつかないです.いろいろな考え方の人がいるものですね.市民にしても行政にしても農家にしても,本州に飛来するトキに対して過剰に反応している感がありますね.

    来年以降もまた何羽かのトキが来るでしょうから,その頃にはいろいろな人がトキの野生復帰について冷静に考えるようになればと思います.

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